ありふれた恋の始まりから終わりまで

彼は英語の授業も一緒だった。

履修登録のされた自分の時間割を見て英語の教室に入ったら顔見知りの人がいたので安心したのを覚えている。

ゼミは週に1回で、英語の授業は週に2回。
それ以外の大きな教室でやる講義でも彼を見かけた。

そんなに講義が被っているなら自然と話すようになるし仲良くもなるだろう。
なのに、驚くことに私と彼はほとんど話すことがなかったし、顔見知りの関係のままだった。

彼は静かなタイプなのか、発表とかも積極的にするタイプではなかった。それでも真面目な性格なのか講義にはいつも出席していたし、一限にある必修の講義にも、遅刻することなく受けていた。必修の講義なんて週に月曜日から木曜日まで一限で朝早いのに。

必修の講義は後ろの方の席に座りたくて私は友達と授業が始まる15分ほど前に来るようにしていた。
私が教室に入った時には、すでに彼は友達と教室の真ん中らへんの席に座って談笑しているかスマホでゲームをしていた。

私はいつも必修の講義では教室に入って左の後ろから5列目辺りで受ける。
その場所はちょうど前で説明している先生の方を向くと、自然と彼が目に入る位置だった。
だからだろうか。
最初は顔見知りがいるな程度の認識だったのに、14回あるうちの5回目辺りから、私は彼を意識的に探すようになった。探すといっても彼はいつも出席していたから自然と目に入っていただけだけれど。

そうやって講義中に彼を後ろから見ていた。
そんなことをして彼について知ったことがある。
よく黒色の服を着ていること。なんだったらほとんど毎日モノトーンの服を着ていた気がする。
眼鏡を講義の間はかけていること。眼鏡姿は結構というかかなり私の好みだった。私が元々アニメやゲームのキャラクターで眼鏡のキャラを好きになりやすかったこともあるだろうけど。
後は、たまに首が下を向いていて、寝てしまうこと。真面目そうな感じなのに意外だなって思った。

関わりがほとんどというか全くないといってもいいほどの相手にこれだけ興味を持って、知ろうとしている自分が気持ちが悪いことはわかっている。

それでも私は彼と話したことがないくせに、彼が気になっていた。彼ときちんと話したのはゼミのペアワークだった。
それも6月下旬とかだった気がする。

「自分の書いたレポートをお互い読んで改善点を伝えてください」
先生が選んだペアで彼と一緒になった。
机を横にくっつけてお互いのレポートを読み合う。
冷房の効いた部屋なのに、ひどく暑く感じた。

「表とかいれたらいんじゃない?」
「確かに」
彼の言葉に対して上手く返せなかった。

「このレポート、自分の感想みたいになってる感じがする」
「確かにそうかも」

ああ、もっと伝えることが上手だったらよかったのに。
もっと話上手なら。

心臓がバクバクした。いい子に見えただろうか。

そうやって距離を感じるペアワークが終わっていった。私は彼の連絡先を聞けなかった。厳密にいうと、彼の連絡先は知っていた。英語のクラスのグループLINEで見つけたから。

ゼミのペアワークが終わっても私は彼を気になったまま、ただ彼を見ていただけだった。
話しかける勇気がまだ私にはなかった。

でも、なけなしの勇気を振り絞って7月の夏休みに入る直前に講義の課題についてLINEをした。
「課題の問3わかる??」
「ごめん、わかんない」
「大丈夫だよー!ありがと!」
会話はこれだけ。
これ以上私は話を広げる術を持っていなかった。

それから一年近く私は彼を見ているだけで、自分からアクションを起こすことをしなかった。

私は怖かった。
彼のことが気になっている自分が。
そして彼のことを好きになりかけていることを。
ほとんど話したことのない彼に対して好意を持っていることを認めたくなかった。

そう認めたくなかったのだ。
だって、彼とはほとんど話したことがないから上手くいかない可能性の方が大きいから。
私は傷つきたくなかった。
私の中のプライドみたいなちっぽけなものが認めることを拒んでいた。
だから、私は彼のことを「推し」とすることにして自分の好意をすり替えようとした。
滑稽で馬鹿みたいだ。そんなこと自分が1番わかってる。

期末テストが終わって、寒いからマックでポテトとコーヒーを飲みながら私は友達に彼を推しだと話した。
まるで自分に言い聞かせるように。

そうやっていつの間にか大学1年生が終わっていった。