さようなら

翌日、母と私は近所にある

神社へ行った。



「懐かしいなぁ。


なんとなくだけど、記憶ある」


「そうね… 紗英が小学校に

入るくらいまでは時々来てたわね」


母は嬉しそうに周りを

見渡していた。


「ここの桜… お母さん一番好き。


思い出があるのよ」


この神社の周りには桜の木が

たくさんある。


春には綺麗な桜の花が満開になる。



「実はね、ここでお父さんと

約束したのよ。


二人で温かい家庭を作ろうって。


この前話した、

プロポーズの後にね。


お姉ちゃんが産まれた、

紗英が産まれ、大変だけど

毎日楽しかった。


お姉ちゃんと紗英はいい子に

育ってくれたし。


お父さんと約束した温かい家庭を

作ることが出来たわ」


母は私を見て微笑んだ。



「もう一度、ここの桜を

見たかったわ。


気付いた時には遅いのよね。


いつもこうだわ」


母は声を出して笑っていた。


私は大声で言いたかった。



「必ずまた、ここの桜を

見る事が出来るよ」って…


でも、声が出なかった。






母と私は二日後、自分たちの

家へ戻った。


母はその日の夕方、体調を崩し、

入院した。


私は先生に呼ばれ、

母がかなり悪いと告げられた…


もって、あと一、二週間…


頭の中が真っ白になった。


いつかこういう日が来る事を

分かってはいたけれど、

やはり現実になると

素直に受け入れる事は

出来なかった。




私は病室へ戻った。


扉を開ける前に深呼吸をした。


母はまだ眠っていた。


私は椅子に座り、母の手を

強く握った。


母の手を自分の頬に付ける。


温かい手…


体が震える…



すると母が目を覚ました。


私は母の手を布団の中に戻した。