さようなら

「お母様とは連絡しているの？」


「母は… 亡くなりました…

一年前に…」



私はドキッとした。


急に胸が苦しくなった。



「そうですか…


お母様には達也さんのお蕎麦を

食べさせてあげる事は

出来たのですか？」


「いや… 結局、食べさせて

あげることは出来ませんでした…」


「そう…


でも、達也さんのお蕎麦、

すごく美味しかったわよ。


悲しくて、切なくて、

でも、信念があって、

強い気持ちを感じたわ。


なんて、評論家でもない私が

偉そうにすみません…」


母は照れ笑いをしてみせた。


達也さんは少し驚いた

表情を見せた。


「な、なんで、私が打った

蕎麦だと分かったんですか？」


「なんとなくね…」


母はニヤっと笑ってみせた。


達也さんは更に驚いた

表情をしていた。



「本当に色々勝手な事を言って、

すみませんでした。


お蕎麦、本当に美味しかったです。


また来ますね」



私たちはお勘定を済まし、

お蕎麦屋さんを出た。


達也さんはお店の外まで

お見送りに来てくれた。


「ありがとうございました」


達也さんは深く頭を下げた。


母と私も頭を下げた。


歩き出してから、

私は後ろを振り向いた。


達也さんと目が合った。


達也さんはじっと私を見ている。


私は涙が出そうになったのを

必死で堪えた。


達也さんはそんな私を見て、

ハッとした顔をした。


私はもう一度頭を下げ、

母の横まで小走りで近寄った。


母は笑顔で歩いていた。


歩くのも、いつもより軽やかな

感じがする。


こんなにイキイキとした

母を見るのは久し振りだった。



母は何故、達也さんに対して、

あれほどこだわったのか。


全く知らない人なのに…