さようなら

「私なんかが失礼だとは思いますが

お父様にあまり会われて

いないとか…」


「はい…」


達也さんの返事を聞いて、

店主と、女性の店員さんが

顔を合わせて驚いた表情をした。



少しの間、沈黙が続いた。


そして暫くして達也さんが

話し出した。



「もう… 二年くらい会ってません。


ケンカを… したんですよ」


「ケンカ?」


母が聞いた。


「はい… ずっと蕎麦屋に

なりたかったんですよ。


高校を卒業したら、

何処かの店で働こうと

思っていました。


でも、サラリーマンだった父は

絶対に許してくれませんでした。


大学に入り、普通の会社に

就職しろと…


それで東京の大学に就職しました。


卒業して、実家へ戻り、

父が働いていた会社へ

就職をしました」


みんな達也さんの話しを

息を飲むように聞いていた。



「でもずっと、蕎麦への憧れは

消えませんでした。


いや… むしろ、強くなって

いきました。


そして僕は母に相談しました。


母は「あなたはあなたの道を

歩きなさい。


お母さん、あなたが笑っている

顔が見たいわ」って、

言ってくれたんです。


僕はその時、心に決めたんです。


一人前の蕎麦職人になって、

美味しい蕎麦を母親に

食べさせてやるって。


それで僕は鎌倉のこの店に

来ました。


でも、父親はいつまでたっても

許してはくれませんでした。


実家へ帰る度、色々と文句を

言われ、いつしか実家には

帰らなくなりました…


ハハハ… オレ、知らない人に

何言ってるんだろう…


ベラベラとつまらない話しを…


すみません…」


「話してくれて嬉しいわ。


お父様は… きっと許して

くださってると思うわ。


あなたの事、すごく心配

していたもの」


達也さんは下を向いたまま

何も言わなかった。