さようなら

紗江ねお父さんは続けた。


「紗江のお見合いですが…

相手はとても大切な

取引先の方なんです。


最初はその取引先が

うちとは契約を更新しないと

言い出したんです。


そんな時、このお見合いの話しが

出てきたんです。


本当は娘にこんな事は

させたくありません…

しかし… 私は数千人という社員、

そして家族を

守る義務があるんです。


その取引先に契約を

更新してもらえないと

うちの会社は倒産の危機が

迫ります…


そうなれば、社員はもちろん、

妻や紗江にも苦労をさせてしまう…


それだけ… 分かって頂きたい…」


僕はまたコーヒーを一口飲んだ。


コーヒーはもう冷めていた。


「僕は…

僕は、今すぐにでも

紗江さんを奪って

何処かへ行ってしまいたい…


そして、ずっと二人で

楽しく暮らしていきたい…


でも… そちらの気持ちも

分かります。


僕は… どうすればいいのか

まだ分かりません。


ただ、紗江さんの悲しみが

少ない方を選びたい…


僕はどうなってもいい。

紗江さんが、幸せになれれば

ただそれだけでいい…」



気が付くと外は雨が降っていた。


窓ガラスに雨粒が打ち付ける。


庭に飾られた照明が

滲んで見えた。



紗江の父親は、

それ以上何も言わずに

帰っていった。


「はいよ、飲みな」


マスターがジントニックを

出してくれた。


「ありがとうございます…」


「お見合いはいつ?」


マスターが聞いた。


「来週の火曜日です」


「紗江ちゃんは行くんだな…」


「ええ…」


「そうか…」


その夜はマスターも

早く店を閉めて、

僕と一緒にお酒を飲んだ。


マスターはずっと

くだらない話しをしていた。


でも、今の僕には

そんなくだらない

マスターの話しが

心を癒してくれた