「別にいいよ、あの花気に入ってなかったし。歓迎挨拶とかもだるかったし。そもそも入学式の為にわざわざ花を生ける程、あの学園に思い入れもないしね。頼まれたから作っただけだよ」
「えっ、でも、あんなに綺麗だったのに……」
「綺麗?」
「はい。わたし、新入生代表挨拶が終わって、緊張がやっと解けて……目に入ってきた先輩の生花がすごく綺麗で見惚れちゃって。あ、あれってもしかしてですけど、私たち新入生に“ようこそ”ってメッセージがあるのかなって。だって、藤の花の花言葉、”歓迎”ですよね」
思い出す。薄紫の藤の花を基調とした、あまりにも豪華で煌びやかな、まるで生きているかのような花。先輩が名家出身であり、実力派の御曹司だということにも頷ける、圧巻の一作だった。
「思わず見惚れていたら、わたし、足を滑らせちゃって……。でも、先輩の花のおかげで、私本当に緊張がほぐれたんです。なんて素敵なんだろうって……。あ、でもこんなの言い訳ですよね、本当にごめんなさい。私、本当に勿体ないことしてしまいました、先輩が気に入ってなかったとしても、すごく素敵なお花だったのに……もう見れないなんて」
「……」
少し話しすぎたかも知れない。先輩は私の言葉に目もくれず、じっと参考書を読んでいる。何を考えているのかさっぱりわからない。私はそこで口を噤んだ。
やがてキキッと急ブレーキをかけて車が止まった。出版社についたみたい。先輩は「荷物持ちでしょ」と言って私を一緒に連れ出した。



