「で、名前は?」
「へっ?!」
「だから、名前」
ゆっくりと走る車の中で。突然横から掛けられた声にびくりとする。恐る恐る藤沢先輩を見ると、これまた表情ひとつ変えずに参考書を読んでいた。話しながら文字が読めるのか。天才はやっぱり違う。
今気づいたけれど、後部座席はカーテンで仕切られている。いくら薄壁だろうと狭い空間に2人きり。藤沢先輩の大人っぽい香水に目が眩みそうになる。急に心拍数があがってきた。
それに、あまりにも綺麗な横顔。
「え、っと、私の、ですよね」
「それ以外誰がいるの?」
「す、すみません……」
「質問に全然答えないね、キミ」
「ご、ごめんなさい、えっと、私は、き、北森うた、と申します……へ、平凡な名前ですみません……」
「なんで自分の名前言っただけで謝んの、変わってるね」
「すみません……」
「また謝ってる」
深々と頭を下げる。ふ、と。初めて先輩が笑った気がした。
「あの、先輩、怒ってますよね……」
「怒る?」
「先輩のお花、台無しにしちゃって……先輩の歓迎挨拶も、私のせいでなくなってしまったし……。それで今日、保健室で償えって、」
「ああ、そうだった」
「わ、私、バイトでもなんでもして絶対弁償します! なので、少し期間を頂けないでしょうか、で、できれば1年……いや、半年でも……」
「高校1年のくせに、100万なんて半年で貯まると思ってるの?」
「ど、どうにか、なんとかします、なのでどうか許してください……」
「別に怒ってないけど」
え、と。下げていた頭を上げて先輩を見る。
変わらない表情で参考書を見つめる先輩。もしかしたら、マルチタスク能力が半端じゃないのかな。この状況で勉強できるなんて末恐ろしい。私にもこの美貌と能力をひとつでも分けていただけないだろうかと口から手が出そうになった。
って、そんなこと考えてる場合じゃないんだけど。



