やってしまった、やってしまった、完全にやらかした! 私、北森うた は表情こそ変わらないものの、内心ひどく焦っていた。それもそのはず。
新入生代表挨拶を任されたのはいいものの、無事に話し終えた私は気が抜けて、後段する時にまるで漫画のようにずるっと足を滑らせてしまったのだ。
そしてそのまま、倒れ込んだ先はあまりに綺麗な生け花で。
ガシャン、と大きな音を立てて舞台の上に散らばった、割れた花瓶と水に濡れた花びらたち。薄紫の藤の花が散ったのを見て、わなわなと青ざめる私。同じように青ざめた先生たちが慌てて舞台へ上がってきて、そのまま入学式は中止となった────。
というのが、数分前までの話。
生け花と一緒に舞台上ですっ転んだ私は案の定水浸しになってしまった。見かねた保健の先生に連れられて保健室へとやってきたのはいいものの。
目の前には何故か、保健の先生に加えて、私がぶちまけた生け花を生けた張本人─────藤沢睦先輩がいる。
「藤沢くん、許してあげてね、新入生だから緊張しちゃったのよ」
「はは、こんなことで怒らないですよ」
「さすが華道の一流名家、藤沢の長男ね」
「心を乱さないのも藤沢流華道の教えですから」
「もう素敵! じゃあ先生ちょっと席を外すから、その子のことよろしくね、藤沢くん」
「はい、新入生のケアは任せてください」
えーっと。一体何が起こっているんだろう。
私は額にダラダラと汗をかきながら保健室を出ていく先生に視線で助けを求めるけれど、気づかれもせずピシャッと扉が閉まってしまう。
先生が手渡してくれたバスタオルに身を包みながら、おそるおそる藤沢睦先輩を見やると、私のことなど気にも止めず、窓際のパイプ椅子に座ってやれやれと文庫本を取り出した。



