「ところで、凌と何話してたの?」
「……先輩と五十嵐くんのお姉さんの関係について少々……すみません」
「うん。ここで嘘をつかなかったのは賢明な判断だね」
「万が一見透かされて、これ以上借金増えたりしたら困るので……」
小さく笑われた。
それからしばらくして、とある部屋の扉前で先輩が足を止めた。
「……ユカには幸せでいてほしいと思ってるよ。恋ではなくとも、キミが言うように今も昔も大事な人だから。……ありがとう」
急にトーンの落ちた声にドキッとして。
それからワンテンポ遅れて、もしや会話はすべて聞かれていたのではと思い、さらにドキッとした。
首から上がじわじわと熱くなっていく。心臓もうるさい。ヘビメタ級。
「むつみ、せんぱい─────」
真っ赤になりながら呼びかけた名前は、
「藤沢先生―っ、ご無沙汰しております!」
前方から飛んできた野太い声にかき消され。
直後、すぐ近くでチッと鋭い舌打ちが響いた。
「残念。続きはあとでね。俺が戻ってくるまで大人しくそこの部屋で待ってるように」
人前用の完璧な笑顔を一瞬で張り付け、呼ばれたほうへすたすたと歩いていく。
本当に器用だ……。
一周回って感心していた矢先、ふいに先輩がこちらを振り返った。
その動作に操られるように心臓が跳ねて、周囲の喧騒がスッと消え去る。
広い会場に愛想を振りまいていた彼が、私だけを捉えるほんの一瞬。
その瞳が、不敵に弧を描くのを見た。
「─────逃げんなよ、うた」
不敵にdanger【完】



