「なに」
「あ……えっと、花を」
「花?」
「藤沢先輩が今日のために生けた花を見たらわかると思う……! 五十嵐くんってたしか、先輩に憧れて華道始めたんだよね?」
「っ、───はあ!?!?」
勢いよく振り向いたかと思えば、とてつもなく大きい声を出して私に詰め寄る五十嵐くん。
─────その顔は真っ赤である。
「おまっ……、なんでそれ知って……!!」
「ええっ!? なんかごめんなさい!?」
「……なに、この前の仕返しのつもり?」
「へ? ……やっ、違うよ! 性格はさておき、私も藤沢睦先輩の才能のファンなので、素晴らしさをわかち合えたらいいな……って」
「は、なめてんの? あんたみたいなど素人に睦君の本当のすごさがわかるわけないっつーの」
「えっ!」
もしかしてもしかすると。
─────『知ってる』
あの笑顔を見たときからもしやとは思っていたけれど。
五十嵐くんって、藤沢先輩のこと相当大好きじゃない……?(かなりこじらせてるみたいだけど……)
「五十嵐くん、私華道のことちゃんと勉強するから」
掴んでいた手を思わずぎゅっと握りしめたときだった。
「はいアウト。借金二倍決定」
斜め後方から飛んできたのは、藤沢先輩の声。
深いグレーの羽織袴でハーフアップにした髪をなびかせながらこちらに歩いてくる姿はなんとも優美で。借金二倍の絶望よりも先に、その姿に見惚れてしまったのはナイショ。
あたりまえに目の奥は笑っていないけどね。それも悪くないって思っちゃったから、いよいよ危ない。
一方で五十嵐くんは、脱兎のごとく走り去ってしまった。
「ちょっと目を離した隙に、また余所の男とコソコソと。キミってほんと人のいうこと聞かないね」
「ほんの少し話してただけですよ」
「俺がアウトって言ったらアウト。借金二倍になったんだから、きっちり身体で払ってもらうよ」
「いくらなんでも横暴すぎでは……!?」
抗議の声を丸無視して、藤沢先輩は私の手を引っ張った。
「ええっ、あの、どこに行くんですか」
「ゲストルーム。澤村に一部屋貸切るよう頼んでおいたんだよね。式までまだ時間あるし、そこでキミの反省会でもしようか」
「ひっ」
慌ててつま先にブレーキをかけるも、止まってくれない。
体の線は細いのにすごい力だ。腕もげちゃうよ。



