「藤沢先輩、昨日の夜、私が壊したものを修復してくれたんです。あの藤の花たちは瓶花よりも盛花のほうが似合うって。入学式の状態でも綺麗だったけど、先輩が修復してくれた花たちはもっと目が離せなくて……こんなに美しい世界を作り出せる人がいるんだって、感動して」
「…………」
「それに、私のおかげで花が生き返ったって言ってくれたんです。他でもない私が、壊したのに……藤沢先輩は本当にすごくて、優し……」
言い終わらないうちに喉の奥がきゅっと締めつけられ、目の奥に熱が宿るのがわかった。
視界がじわりと滲んで、景色が急に曖昧なものになる。
この熱くてぼんやりとした感じ、昨日、藤沢先輩の腕の中に倒れ込んだときの感覚に似てる。
ふと、そんなことを思った。
───『知ってる? 藤の花の花言葉』
やだ、なんで今思い出しちゃうの。
───『“忠実”と”恋に酔う”』
耳が火照るのがわかる。
先輩の唇が触れた、ところ。
酔うって感覚、知らないけど。もしかしてこんな感じなのかなって……想像しちゃう。
よかった。よくないけれど、よかった。五十嵐くんの顔が見えなくて。きっとドン引きしているだろうから。
急に涙ぐみ始めるなんてヤバい女だもんね。
……と思ったのもつかの間。
一度瞬きをすれば視界は直ちにクリアになってしまう。
そこにいたのは、私にドン引きしている五十嵐くん……───では、なかった。
むしろ彼の顔には驚きではなくどこか温かい、優しさすら感じる笑顔が浮かんでいる。
「……知ってる」
「…………え?」
五十嵐くんの慈愛に満ちた“知ってる”に対し、頭の処理が追いつかないまま間抜けな声を返してしまった。そのときだった。
「ねえキミ。主人の俺を置いて、他の男と一体なにをやってるのかな」
背後から突如聞こえた声に、体ごとびくっと跳ね上がる。
こ、この声は……っ。



