─────“嫌い“
今たしかにそう聞こえたような気がしたけれど。
あの人って、藤沢先輩のことだよね。
嫌い? いい気味? ……なぜ?
……というか。初対面でずけずけと、かなり失礼では!
そもそもこの男の子はいったい誰なんだろう。見覚えがあるような、ないような。
相手の顔を改めてじっと見つめ直せば、記憶の片隅になにかが引っかかる感じがして。
「……あ、もしかして、同じクラスの……たしか特待生の、五十嵐くん?ですか……?」
おそるおそる名前を口にすると、彼はほんの少し眉を寄せた。
「なに、いま気づいたわけ」
今気づいたもなにも、私たちは知り合いでもなんでもない。
昨日女の子たちが五十嵐くんを見てやたらと騒いでいたから、なんとなく覚えていただけ(私の入学式での失態を上書きしてくれそうな人気っぷりに、こっそり感謝してたのはナイショ)。
─────五十嵐 凌くん。
確かお家は、有名リゾートをいくつも経営している会社の社長さんとかだったような。
どこか中性的で整った容姿は藤沢先輩と似た美しさを感じるけれど、瞳は少し鋭い形をしていて、こちらを射抜いてくるようでちょっと怖い。
笑っているようで目の奥が笑っていない藤沢先輩に対して、この人はその嫌味な一面を隠そうともせず───むしろわざと全面に出しているような印象である。
「つーかあんた昨日、藤沢睦と一緒に帰ってただろ。あの人がわざわざ自分から女迎えに出向くのなんか初めて見たわ」
「そ、れは色々とわけがあってですね、昨日、藤沢先輩の生けた花を……うう、おっしゃる通り台無しにしてしまったので」
「あー、それで償えとか言われた流れね。 あの人結構黒いところあるもんな、皆知らないみたいだけど」
「…………、…………」
驚いた。この五十嵐くん、藤沢先輩のダークな部分に気づいているらしい。
もしや、なにか深い繋がりがあるのだろうか。
「で。生け花壊した代償に何をさせられたわけ?」
「えっと……今後、藤沢先輩の荷物持ち、などの雑用をするという取り決めです」
兼・秘書、とまでは言わないでおいた。なんとなく。
「うわ〜、あの人らしい。相手は金持ってない庶民なんだから優しくしてやればいいのに」
こころなしか“庶民“の部分を強調して言われたような気がしたけれど、その点においてはそれほど嫌な気持ちにはならなかった。
お金持ちの彼にとってはきっと当たり前の感覚であり、私個人に向けた悪意ではなさそうだったから。
むしろ……
───『なんて言うとでも思った? クソガキ』
───『言っておくけど、値段にしたら100万円。一体キミみたいな凡人が、どうやって償ってくれるの?』
初恋不可避の王子様みたいな予感をチラつかせておいて、私みたいな凡人平民に情けも容赦もないのかと、あのときは私も絶望したものである。
ただ……。
「たしかに私も最初はイメージと違うかもって驚いたんですけど、それだけのことをしたっていう自覚はあったし……今はむしろ荷物持ちなんてぬるいくらいだなと思ってて」
「ハイハイ出ました藤沢崇拝。全肯定盲目信者まじキモ〜〜い」
「っそういうのじゃないです! 藤沢先輩は本当にすごいんです……!!」
つい大きい声が出てしまって自分でもびっくりした。
相手もぎょっとしたように動きを止める。
しまった……と焦りつつ、なぜか抑えが効かない。



