「……うあーー!きんちょーしたー!」


「急に何?さっきまで大人しかったじゃない」


「だって!あのダーツバー、お洒落空間すぎて息できんかったですもん!
麗子さんは似合ってましたけど」


「何を今更。
あなたも一応、マスターでしょう」


「実は……今までバーって行ったことなかったんすよね。自分の店以外で。
カクテルとかは全部、兄貴から教わったし」


「あぁ、道理で。
バーテンダーのオーラがないのも納得ね」


「しゃーないでしょ。酒好きの友達もおらんし」


「それは意外だわ。じゃあ私が初めてってこと?」


「……麗子さんは友達じゃないから対象外」


「あら、そう。………………ふふ」


「え、なんか笑ってる。何?」


「思い出しちゃった。さっきの君のフォーム」


「やーめーて!忘れて!
もー。だからゆうたのに。
やっぱ辞めときゃよかった…………」


「おかげでまたひとつ、宝箱に積もったわ」


「……そらよかったですねぇ。
俺的にはすーげぇ不本意ですけどねぇ」
 

「そのようね。……ふふ」


「あーもー……絶対また思い出してるやん……。
……で、この後どうします?どっか行きたいとこある?」


「特にはないわ」


「……帰りたい?」


「それだと少し……味気ないわね」


「あ。じゃあ、うちの店来るのどうですか?
もちろん営業はせんけど。
考えてたんすよ、今月の分」


「いいけど……。
毎月、無理に石と絡める必要ないのよ。
『宝石のような日々』なんて、ただの比喩なんだから」


「いやー、だんだん楽しくなってきて。
まぁ全部、こじつけの自己満足ですけどね。
くだらんつまらん、陳腐でチープ……なーんて言われるかもしれんけど」


「そんな語呂が良いだけの虚しい言葉、私が口にすると思ってるの?」


「全く思わへん。言うてみただけっす」


「それで今月は?」


「そうそう。今月は、"2:1:1"……黄金比で作ったカクテルにしよかなって」


「………それ、"トパーズ"が『黄玉』だから、なんて言わないよね」


「驚くべきことに、"シトリン"も『黄水晶』なんすよ!どっちも黄金色のイメージありますし」


「……もはや連想ゲームね」


「この比率で色々と作れますけど、何がええかなぁ。
一回作ったのは芸ないやん?
やから、ホワイト・レディとかxyzは除くとして——」


「あれぇ?瞬じゃなぁい?」


「え、ダレ………………げっ」


「なぁによ『げっ』て!
最近のお得意様でしょ?アタシ!」


「……何してんすか、こんなとこで」


「いやー。休みなの知らなくて、瞬の店行っちゃったんだよねー。
んで今、駅まで戻ろうとしてたとこ!丁度会えてラッキー」


「ふーん。珍しいっすね、平日来たことないのに」


「きーてよ!今日飲み行く約束してたのにさぁ、集合時間10分前にドタキャンされたんだよ!!」


「それは悲しいっすね。では、また」


「え、冷たっっ!!
ヤケ酒くらい付き合ってよーーー!!!」


「いやいや……
今俺、人と居るの見えません?」


「えっ、ウソ!見てなかっ……て、うわ!すっごい綺麗な人!」


「こんばんは」


「……ってことで。腕、離してください」


「離さなくていいわよ。
私、この後用事あったの思い出したから。
行ってきてあげて」


「え?いやいや、麗子さん……ウソですよね?」


「ここで嘘つく必要あると思う?じゃあね」


「え!ちょお待ってよ!麗子さん!」


「あらー、歩くの早。瞬もフラれ仲間だね。
アタシが慰めちゃるから居酒屋いこー!!」


「行きませんよ!!ほんでフラれてへん!!
ちょ、俺追いかけなあかんので、はよ離してください!」


「やめなよー。用事あるって言ってたじゃん?」


「あんなん絶対ウソやし!はーなーしーて!!!」


「ちぇー、つまんなぁ。
じゃあ、ばいばーい……って走んの早」


「………………麗子さん!」


「………………」


「れ、麗子さん?」


「なんで来たの?」


「え?なんでって……」


「……いるんじゃない。
お酒が好きな、可愛いガールフレンド」


「え!?そんなんちゃいますよ。
ただのお客さんですって」


「親しい間柄に見えたけど?」


「いやいや。連絡先も教えてないですし。
なんやしりませんけど、俺をからかいに来るんすよ。ほんまにそれだけです」


「言ったのに。私に構わなくていいって」


「あの……自意識過剰かもしれませんけど……。
もしかして麗子さんそれ…………
ヤキモチ、ですか?」


「………………」


「………………」


「……………………私、臆病なの」


「へ?いきなり?」


「二度と吸いたくないのよ。
あの時のような、薄い空気は」


「………………」


「だからもう、他人を自分の中心に置くのは御免だわ」


「…………なるほど」


「わかったなら——」


「それやったら俺、麗子さんの中心に入れんでもいいですよ」


「………………」


「中心に居れんくても、俺が勝手に麗子さんの周りにいます。絶対に俺から離れることはないって断言します」


「そんなの……いくらでも言えるじゃない」


「でも知ってますよね?俺、諦め悪いんですよ」


「…………こんな面倒な女を選ぶなんて、本当に難儀ね」


「何言うても無駄です。
麗子さんが俺を嫌いにならない限り。
だから今後、麗子さん側が悲しむことはないですよ」


「ふ。頼もしいわね」


「お、珍しく褒められた?
あ、そや。『恋は焦らず』。
今月は"バラライカ"にしましょか。
黄金比カクテルの兄弟っすよ」


「ゆっくりで良いってことね」


「……まあ、俺的には急いで落ちてくれても構わんのですけどね」