君が嘘に消えてしまう前に


…やばい。

三時間目が始まる頃には、体調はかなり悪化して号令で立ち上がるのさえも億劫だった。
さっきから先生の話も全然入ってこない。
出来れば授業を欠席したくなかったけど、これはいよいよ限界かもしれない。
胃は朝の面談から痛みっぱなしだし、今は頭痛も酷い。すぐそばで鐘でもならされてるみたいに、ガンガンする。


「…ねぇ、大丈夫?」


三限の数学の授業を何とか耐え忍んで机に伏している私のところに来て、そう声をかけてくれたのは藤井さんだ。
正直、大丈夫じゃない気はしてる。

(けど…、大丈夫かって聞かれて、大丈夫じゃないなんて…言えない)

それも、藤井さんとはまだ話すようになって一ヶ月も経っていない。
ただでさえ人に弱みを見せるのが苦手な私に、そんな相手に「大丈夫じゃない」というなんて無理な話だった。

「…大丈夫。お昼休みに保健室行くよ、…心配してくれてありがと」


なんとかそう言って小さく笑って見せたけど、藤井さんの表情は晴れない。
その納得していなさそうな顔に、自分が嘘をついてるって感じがして胸が痛んだ。

罪悪感を感じながら、何とか話を変えようと言葉を考える。

「次、移動教室だよね…ごめん、先行っててくれる?」

「…分かった、後でね」

しぶしぶといった様子で背を向ける彼女を見送っていると、途中で振り返った藤井さんに「体調悪いなら早めに保健室行ってね」と釘を刺される。
そんな風に気遣いのこもった言葉が、ひどく暖かく感じられて。
勝手に緩む頬をそのままに、ゆるく藤井さんに手を振る。

藤井さんが今度こそ科学実験室に向かったのを確認して、また机に突っ伏する。
少しずつ周りからざわめきが消えていく。
みんな、四限の開始時間が迫ってるから移動を始めているんだろう。

私も、そろそろほんとにいかなきゃいけない。

人気のない教室の中、のろのろと科学の教科書を取り出し、立ちあがろうと机に手をつき力を込めた。


「…あっ」

立ち上がった瞬間、すっと頭から血の気が引くのを感じた。
途端にぐらりと視界が揺れて、意思と関係なく身体が傾く。
まずい、と思った時にはすぐそこに床が迫っていて、次の瞬間には地面に身体を打ちつけたあとだった。

「いっ…」

一拍遅れて私と一緒にバランスを崩した椅子がけたたましい音を立てて倒れる。
床に打ちつけた痛みよりも、その音の方が頭に響いて不快だった。

ぼんやりと定まらない視線の中で、窓からの光を受けたほこりがキラキラしていた。
なぜだかそれに、いいなあと思う。

遠くで授業開始2分前の予鈴がなる。
これはもう間に合わないな。

…なら、もういっか。

「…ッ、なのか!?」

突然響いた声に、また頭が痛んだ。
これ、誰の声だっけ。
痛みで鈍った頭ではうまく思い出せなくて、頭の中がきりがかかったみたいにぼんやりしている。

誰だって関係ないから、今は一人にしてよ。

速足で足音がこっちに向かってくる。
重いまぶたをなんとか持ち上げると、ぼやけた視界から徐々にピントが合ってきた。
焦げ茶色の髪に、色白の男子。倒れる私の近くに駆け寄った彼は、膝をついて私の顔を覗き込んだ。

「…せ、がわ……?」

そう呟くと、瀬川はひきつっていた表情を少しだけ緩ませ息をついた。
その顔色は心なしか悪い。

「……良かった…」

ぽそりとつぶやく彼に回らない頭で何が良かったんだろうと思う。
もう、立ち上がる気力がない。
ぼんやりと瀬川の顔を見ていると、その掌が視界に迫った。

な、なに…?