君が嘘に消えてしまう前に


気づけば数学の問題集を開いたまま寝落ちしてしまったらしい。ミミズみたいにぐにゃぐにゃでとても読めない文字が、ノートを埋め尽くしている。しかも、その割には問題集のページは昨日はじめに開いたところから一ページも進んでいなかった。

「最悪だ…」

つまり、昨日帰ってから今までのほぼ半日間を無駄にしてしまったということ。
やってしまった、私には休んでる暇なんてないのに。寝て半日を潰してしまうなんて、あり得ない。

だめだ、こんなんじゃだめだ。

時計を見れば、ちょうど六時を回ったところだった。これなら少しは勉強できるかな、と思ったけどすぐにダメだと思い出した。…今日は模試の結果について朝から担任と面談が入っている。
昨日の今日でなんで、と思うけど、決まっていたことだからどうしようもない。面談のために三十分早く家を出なきゃいけないから、今から急いで準備しなければ間に合わない。
慌ててカバンの中に教科書類を詰め込んで、急いでシャワーで体を流す。


基本的にはテストの結果を確認するだけだから、特に問題はない。別に点数も悪くないから、小言を言われる心配もないはずだ。

それなのに、どうにも気が重くて仕方ない。
第六感というのだろうか、なんだかいやな予感がする。できるなら、このまますっぽかしてしまいたい。
でも性格上そんなことするわけにはいかなくて、結局は面談室の扉の前まで来ていた。

どうにもならない現実逃避をしながらふぅ、と一つ息をついて、扉を叩く。
大丈夫、うまくやれる。私は大丈夫。

「失礼します」
いつものように感情の乗らない言葉が口から勝手に紡がれる。
なるべく毅然とした態度を心がけ、ガラリと音を立てて扉を開けた。

「お、水瀬、早かったな。とりあえずそこ座れ」

「…はい」

ザ・体育教師、という風貌の担任がにかっと笑いかけて椅子を指す。大きく開いた足に、組んだ腕。本人にその気はなくても、話している相手に威圧感を与える風貌だ。

やっぱり苦手だな、と改めて感じる。
この距離の近い感じや、目が笑ってなくて本心が見えない感じどうにも好きになれなかった。
クラスメートたちは生徒思いのいい先生としきりに言うけれど、私はそうは思えない。

担任に言われるままに椅子に腰かける。
最近の調子はどうだ、という担任の定型文にあいまいな返事を返す。
ちょっとクラスのことを見てれば、私のクラスでの様子なんてわかるはずだ。
それなのにわざわざ聞くのは私への当てつけか、それとも本当に知らないのか。
どっちにしても、この担任のことを信用できないことに変わりはなかった。

あいまいな返事にもさして関心を持たない担任は、早々にクリアファイルから一枚のプリントを取り出した。
ひらりと机に置かれたテストの成績と順位を見て、バレないようにため息を漏らす。

「早速だが今回のテスト、素晴らしい出来だったそうじゃないか。各教科の先生も、褒めてくださってたぞ」


少し興奮気味に話す担任とは反対に、私は心がすっと冷えたのを感じた。

「はぁ…そうですか」

我ながら愛想のない返事だと思ったけど、どうしようもなかった。
この人と私じゃ、温度差がありすぎる。


「なんだ、もう少し喜んだらどうだ。この結果を見たら、親御さんも喜ばれるんじゃないか?」

その言葉を聞いた瞬間、ギシッ、と古びた椅子がきしんだ。
心の中の私の悲鳴みたいだな、と人ごとのように思う。