お菓子の国の王子様〜指切りした約束から婚約まで〜花村三姉妹   美愛と雅の物語

契約書のコピーを受け取ったとき、重大なことに気づいた。


「ど、ど、どうしよう……」


頭を抱えてうつむきながら呟いた私の異変に気づいた副社長が、顔を覗き込んできた。


「美愛ちゃん、どうしたの? 少し顔色が悪いね」

「あぁぁ、どうしよう? 引越しのことで頭がいっぱいで、全然考えられなかった。どうやって両親に説明しよう? いきなり『社長と同居するから』なんて言えないよ。このまま黙ってる? むり、ムリ、無理だよ! だって、新しい住所も知らせないといけないし。特に圭衣ちゃんはよく荷物を送ってくるから、黙っているわけにはいかない。というか、両親よりも圭衣ちゃんの方が怖いんですけど。絶対に怒るよ。ようちゃんを味方につける? どうしよう、なんて言えばいいの?」


プチパニックになっている私は、この心の声が再び漏れていたことに気づいていない。


「大丈夫だよ、花村さん。ご両親に挨拶に伺いたいから。できればこれから。そうすれば、明日の土曜日には引越しが終わる。連絡してくれるかな? 大切なお嬢さんをお預かりするんだから、ご両親にも納得して安心してもらわないとね。それと、涼介、契約書のコピーを彼女のご両親にも渡したい」


そう言ってくれた社長の顔を見たら、安心した。この安心感、以前にも感じたことがあるな。胸のあたりが温かい。





東京下町、有名なお寺がある観光地。そこから歩いて約10分のところに、静かな住宅地がある。

私の実家はその一角にあり、母のクリニックと自宅が背中合わせに建っている。クリニックの前を通り過ぎて、裏に回ると、自宅用の門扉(もんぴ)と車庫がある。

レンガの柱の間にある黒いダブルドアの門扉を開けると、両脇には姫ライラックの木々と春に白い花を咲かせるワイルドストロベリーが地面を覆うその中に、一際大きな柚子の木とイチジクの木がある。

真ん中には、大人二人が並んで歩ける飛び石が緩やかなカーブを描き、和風モダンの家の玄関へと続く。玄関脇には色とりどりのバラが植えられてある。

ゆっくりと飛び石を歩きながら、どのように説明するかを頭の中で考える。

すりガラスの引き戸を開けるのを躊躇していると、社長の大きな手が私の背中をそっと支えてくれた。


「美愛ちゃん、俺が話すから大丈夫だよ」


優しく微笑む社長に頷く。