お菓子の国の王子様〜指切りした初恋は御曹司の溺愛プロポーズへ〜

契約書のコピーを受け取った瞬間、重大なことに気づいた。


「ど、ど、どうしよう……」


頭を抱えてうつむく私の異変に気づいたのは、副社長だった。


「あぁぁ、どうしよう。引っ越しのことで頭がいっぱいで、全然考えられなかった」

「美愛ちゃん、どうしたの? 少し顔色が悪いよ」


パニックに陥っている私には、副社長の声も届かない。


「ど、どうやって両親に説明しよう? いきなり『社長と同居するから』なんて言えないよ。このまま黙ってる? 無理、無理、無理だよ!」


この心の声が再び漏れていたことに、私は気づいていない。


「……ってか、両親よりも圭衣ちゃんの方が怖いんですけど。絶対に怒るよ。ようちゃんを味方につける? なんて言えばいいの?」

「大丈夫だよ、花村さん。ご両親に挨拶に伺いたい。できればこれから。連絡してくれるかな?」


落ち着きのある社長の声が、はっきりと聞こえた。


「大切なお嬢さんをお預かりするんだから、ご両親にも納得して安心してもらわないとね」


優しく微笑む社長と目が合う。

ぐちゃぐちゃだった頭の中が、スーッと晴れていく。

社長は涼介先生に、契約書のコピーもお願いした。これは私の両親へ持っていく分だ。

何だろう、この不思議な感覚。以前にも感じたことがあった。胸のあたりが温かくなる。

すごく、安心……




東京下町、有名なお寺がある観光地から歩いて約10分のところに、静かな住宅地がある。私の実家はその一角にあり、母さまのクリニックと自宅が背中合わせに建っていた。クリニックの前を通り過ぎて裏に回ると、自宅用の門扉(もんぴ)と車庫がある。

レンガの柱の間にある黒いダブルドアの門扉を開けると、両脇には姫ライラックの木々と、春に白い花を咲かせるワイルドストロベリーが地面を覆っている。その中に、ひときわ大きな柚子の木とイチジクの木がある。真ん中には、大人二人が並んで歩ける幅の飛び石が、緩やかなカーブを描いている。そして、和風モダンの玄関へと続く。玄関脇には色とりどりのバラが植えられていた。

飛び石をゆっくりと歩きながら、どのように説明するかを考え続ける。すりガラスの引き戸を開けるのを躊躇していると、社長の大きな手が私の背中をそっと支えてくれた。


「美愛ちゃん、俺が話すから大丈夫だよ」


柔らかい社長の視線に、私はこくりと頷いた。