お菓子の国の王子様〜指切りした約束から婚約まで〜花村三姉妹   美愛と雅の物語

「そうなんだよ。以前ドイツに行ったときに気に入ってね。俺の兄が先月ヨーロッパに行った際、買ってきてくれたんだ。花村さんが作ったこれもおいしいよ」

「ありがとうございます。これは父のファミリーレシピなんです」


嬉しそうに微笑む美愛。


「そういえば、お父さんはドイツ系アメリカ人だったっけ?」

「はい、そうです。父がこのコーヒーを好んで飲んでいます。」


(女性とこんな風に気を使わずに会話するのは、いつぶりだろう? 思わず素の自分が出てしまい『俺』と言ってしまったくらい、彼女との何気ない話が心地よい。それに、話も合う)

少し真面目な表情を浮かべた雅が、仕事の話を始める。


「実は今、南ドイツのあるお菓子を扱いたくて交渉しているんだけど、うまく進まなくてさ。相手は大企業ではなく、地元の小さな昔からある会社なんだけど、何せメールのやり取りができないんだよ」

「メールができない……ですか?」


美愛は不思議そうな表情で雅を見つめた。


「コンピューターを使っていないらしい。未だにすべて電話とファックスだけみたい」

「今時、そのような会社があるのですね。あの、どのようなお菓子かお伺いしてもよろしいでしょうか?」


お菓子が大好きな美愛は、お菓子のことが気になって仕方がない。


「ひと口サイズのクッキー生地のカップの中にヘーゼルナッツクリームのボールが入っていて、その上にチョコレートがかかっているんだ」

「それは絶対に美味しいお菓子だ」


呟きながら、美愛はそのお菓子を思い描き笑顔がこぼれた。

引き続き、雅が説明する。


「この会社の社長はドイツ語を主に使い、英語は片言。いつも交渉がもう少しのところでうまくいかない。さっきも言ったように、連絡手段は電話かファックス。これを見てくれる? 向こうから送られてきたファックスなんだけど、字の癖がすごいでしょう? うちの会社のドイツ語ができる人でも、手をこまねいている状態なんだ」


美愛は雅からファックスを受け取った。それは確かに癖の強い手書きのものであり、さらに標準ドイツ語ではなく高地ドイツ語が使用されていたため、理解しづらかったのだろう。