お菓子の国の王子様〜指切りした初恋は御曹司の溺愛プロポーズへ〜

翌朝、金曜日。梅雨らしい灰色の空が、薄いシーツのように街を覆っていた。何だか私の気分まで沈んでいくよう。

ふと、言いようのない嫌な予感が胸に落ちた。




朝8時15分--今朝は15分前に会社に到着し、秘書室のデスクでスケジュールの確認を始めた。

その時、ふわりと軽いコーヒーの香りが鼻をくすぐった。秘書室長の美奈子さんだ。


「ここでは、好きなときに飲みたい人が自分で入れるのよ。美愛ちゃんは覚えるのも仕事も早くて的確だから、とても助かるわ」


湯気の立つ紙カップを、そっと差し出してくれる。


「ドリンクコーナーの電球が1つ切れているのよ。美愛ちゃん、総務へ行って交換の申請をしてきてくれるかな? やり方は覚えている?」

「はい、覚えています。えっと、この申請書に記入して、総務の方に提出すればいいんですよね?」

「そうそう。申請書もこれで大丈夫よ。じゃあ、お願いね」


コーヒーをデスクに置き、申請書を手に総務部へ向かった。




廊下の先にある総務部は、静かな秘書室と違い活気がある。近くにいる女性に話しかけたが、喉が詰まって声が小さくなってしまった。


「す、すみません。秘書室のドリンクコーナーの電球交換をお願いしたいのですが……」


カウンター越しから、強い香水の香りが喉を刺激する。喉が、キュッと締め付けられる。
息が、うまく吸えない。

しかし、返事はなかった。

聞こえなかったのかもしれない。もう一度、声をかけた。


「あ、あのすみません……」


再び、重たい沈黙が流れる。

次の瞬間、耳を刺すような声が降ってきた。


「何よ、うるさいわねぇ」


彼女はゆっくり顔を上げた。


「今、ネイルのチェックをしているのがわからないの?」


そして、わずかに眉をひそめる。


「あなた誰? 見ない顔ね?」


予想外の対応に、申請書を持つ手に力がこもった。下から上へと這うような刺す視線に、体が、動かなくなる。

上ずる声が、さらに小さくなった。


「は、初めまして。秘書の花村です。電球の……」

「えっ、何ですって? あなたが新しい社長秘書なの? 冗談じゃないわ! どうやって社長に取り入ったのよ?」


その女性が目を吊り上げ、大声を上げた。総務室が一瞬静まり返り、全員の視線が私たちに集まる。その中に杉山部長の姿もあり、急いでこちらへ駆けつけた。


「また君か、佐藤さん。なぜ騒いでいる?」

「部長、この女が新しい社長秘書だなんて、私は認めません!」


人差し指で私を指し、カツンとヒールの足を鳴らした佐藤さん。


「そんな権限は君にはない。一体、仕事もしないで何をしているんだ?」


怒りが収まらない彼女は、さらに声を張り上げた。


「こんな女が社長秘書を務めるなんて、あり得ません」


佐藤さんは、ずいっと一歩踏み出してくる。


「どうやって社長に取り入ったのよ?」


吐き捨てるように言い放った。


「どこの馬の骨かもわからない下品な子が」


呆れた表情の杉山部長が静かに告げる。


「やめなさい。君は非常に失礼なことを言っている。まず、花村さんに謝罪しなさい。それから、この件については上層部にも報告します」


しかし佐藤さんは引かなかった。


「冗談じゃないわよ。なんで後からのこのこと来たあんたが……社長秘書にふさわしいのは私なんだから! パパだって、そう言ったし!」


勤務中にもかかわらず喚き散らした佐藤さんは、大きなヒールの音を響かせながら部屋を出て行った。