お菓子の国の王子様〜指切りした約束から婚約まで〜花村三姉妹   美愛と雅の物語

お昼のピークを過ぎ、店内にはテーブル席に一人の先客だけがいた。俺は迷わずカウンター席に着き、カウンター内にいるニット帽を被ったマスターに話しかける。


「ようやくそっちに挨拶できそうだよ、父さん」

「おお、雅。指輪ができたのか?」


ここのマスターは俺の父親、西園寺剛で、母親の西園寺良子は『ママ』と呼ばれて親しまれている。


「うん、今夜取りに行くよ。来週末あたりはどうかな?」

「お店も休みだし、予定は入っとらん。お前たちに合わせるよ。じいちゃんたちも喜ぶぞ」


買い物から母親が戻ってきた。


「あら、雅。珍しいわね、あなたがここに来るなんて。何か食べていく?」


母さんは、俺たち兄姉がとっくに成人しても、いつも俺たちが空腹かどうか気になるらしい。母親ってそういうものなのか?

そういえば、美愛ちゃんの家の久美子さんもそうだ。彼女の実家に行くと、いろいろとお世話をしてくれるっけ。


「まだブラウニーは残ってる?」


俺は母さんが唯一作れるバナナブラウニーが、大好きだ。今でも実家に帰ると作ってもらう。スイーツ作りが苦手な母さんにしては、上出来だと思う。


「まだ残ってるわよ。あっ、そうだ、レモンチーズケーキも始めたのよ。食べてみない?」


母さんが出してくれたブラウニーとレモンチーズケーキを、父さんが淹れてくれたコーヒーと一緒にいただく。

濃厚なニューヨークスタイルのチーズケーキは、爽やかなレモンの酸味とレモンの皮からの風味が加わり、全く重く感じない。


「このレモンチーズケーキは、本格的だね。美味しいよ、これ。母さん、腕を上げたね!」

「うふふ、これはね、ここによく来る可愛らしい女の子と仲良くなって、その子にレシピを教えてもらい、一緒に作ったものなのよ。これ、すぐに売り切れちゃうから、あなた運がいいわよ」

「あっ、さっき父さんにも伝えたけど、来週末に彼女と挨拶に行けると思う。詳しいことは後で二人にメッセージするね。もう会社に戻らないと」





会社に戻った俺は、限られた残り時間を使って大和とカフェBon Bonのロゴマークについて話し合った。二人でかなりの案を出したが、どれも今ひとつでピンとこない。


これは今週末に考え直すしかないな。


第1会議室を後にした頃には、もう会社に残っている人はいなかった。俺は大和と別れ、車でホテル9(クー)へ向かう。