お菓子の国の王子様〜指切りした初恋は御曹司の溺愛プロポーズへ〜

香ばしいコーヒーの香りが、ふわりと鼻をかすめた。ここで焙煎をしているのかもしれない。

ニット帽を被った優しい笑顔のマスターが、カウンターでコーヒーを淹れている。

店内は読書ができる程度の明るさで、かすかにジャズが流れていた。

見渡すと、りりちゃんはすでに奥の席にいて、奥のテーブル席で手を振ってくれている。


「りりちゃん、待った?」

「さっき着いたところよ。先に注文しちゃったんだけど、美愛は何にする?」

「お昼はまだだから、ミックスサンドと紅茶にしよう」

「実はね、美愛に勧めたい仕事があるの」


一口コーヒーを飲み、りりちゃんは話を続ける。


「私の教え子が数年前に設立した輸入菓子の会社で、秘書を探しているの。『慶智の王子たち』って知ってる?」

「アイドルグループか何か?」

「違うわよ。あなたは本当にこういうことに興味がないのね」


クスッと笑いながら、りりちゃんが教えてくれる。

『慶智の王子たち』とは、経済界を牽引する名家の御曹司たちのことだ。

九条ホテル不動産の九条仁、伊集院総合法律事務所の伊集院涼介、近衛総合病院の近衛彰人。

伊乃国屋コーポレーションの西園寺京、株式会社BON BONの西園寺雅。

そして烏丸悠士と烏丸大和を加えた五家七名を指す。

烏丸兄弟はそれぞれ、伊乃国屋とBON BON両社の副社長職を務めているようだ。


「この七人が『慶智の王子たち』として話題になっていて、雑誌でも特集が組まれるくらいよ」

「えっ、そうなの? ごめん、知らなかった」

「いいわよ、知らなくても。今回あなたに受けてもらいたいのは、BON BONの社長秘書のポジションで、条件が美愛にぴったりなのよ」


『社長秘書』という言葉に息をのみ、思わずサンドイッチを喉に詰まらせた。

慌てて紅茶を飲んだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ。りりちゃんの大学、慶智って言ったら御曹司や御令嬢たちが通うところじゃないの? そんな人が作った会社で、何の取り柄もない私が役に立つわけがないよ」

「美愛。あなたね、いい加減に自分を卑下するのはやめなさい! あなたは自分が思っている以上に、素晴らしい能力を持っているのよ。まぁ、聞いて……」


りりちゃんによると、その条件とはこうだった。

一、数カ国語に堪能であること
一、秘書の経験があること
一、社長を惑わせないこと(立場を超えない)