お菓子の国の王子様〜指切りした約束から婚約まで〜花村三姉妹   美愛と雅の物語

晴れた朝の空気が湿気を含んでいるように感じるのは、もうすぐ梅雨に入るからかな?


「嫌だな、蒸し暑くなりそう」


そんなことを呟きながら、今日一日のスケジュールを思い出した。久しぶりに、私が翻訳の仕事をしている会社、J to Worldでミーティングがあり、午後一にミッドタウンへ行く。
 
その後、母の親友であり、御曹司や令嬢たちが通う慶智大学の教授である『りりちゃん』こと道上百合(みちがみ・ゆり)に会う。


「今回は印鑑を持参するように言われたな。ちょうど2ヶ月間の研修が終わったから、もしかしたら正社員採用の話があるかも! そうであれば嬉しいな。それにしても、りりちゃんが直接私に連絡をくれるなんて。一体何なんだろう?」


私は再び湿った空気を深く吸い込んだ。





「ああ、どうしよう……どうしてこんなことになってしまったのだろう」


ミッドタウンの中心から一本裏路地に入ったビルから出てきた私の頭の中には、この三つの言葉がぐるぐると巡っている。


正社員に採用されると思い込んでいた私が知らされたのは、会社が閉鎖されるということ。70歳近い社長が入院し、皆が長男が継ぐと思っていたが、本人は全くその意志がない。正社員ではなかった私は、雀の涙ほどのわずかな現金をいただいた。

せっかく家を出て自立できたと思っていたのに。みんなには秘密にしなければならない。絶対に『帰ってこい』っていわれるもん。数ヶ月分の家賃を払えるだけの貯金はあるし、大丈夫。きっとなんとかなる……よね?



いくらゆっくり歩いても、15分ほどで裏通りの商店街にある待ち合わせの場所、喫茶BONに到着してしまった。店の前で笑顔を作り、口角を上げてから、ゆっくりとドアを開けて静かに中へ入る。