お菓子の国の王子様〜指切りした初恋は御曹司の溺愛プロポーズへ〜

青空が広がる、晴れた朝。
なのに、空気が少し湿っている。
きっと、もうすぐ梅雨に入るからだろう。


「嫌だな、蒸し暑くなりそう」


そんなことを呟きながら、今日一日のスケジュールを思い出す。

久しぶりに、私が翻訳の仕事をしている会社『J to World』でミーティング。午後1時にミッドタウンへ行かなきゃいけない。

早いもので、ここで仕事を始めてから2ヶ月になる。そうだ、今日は印鑑を持ってくるように言われたんだ。


「うふふ。もしかしたら正社員採用の話があるかも!」


その後、母さまの親友で、慶智大学の教授である『りりちゃん』こと道上百合(みちがみ・ゆり)に会う予定だ。


「りりちゃんが直接私に連絡をくれるなんて。一体何なんだろう?」


独り言を呟き、私は再び湿った空気を深く吸い込んだ。

空の色と、印鑑と、大好きなりりちゃんに会える今日。

何だかいいことがありそうだな。




――そして、現実はあっけなく崩れた。


「ああ、どうしよう……何でこんなことに?」


ミッドタウンの中心から一本入った裏路地。
そこのビルから出てきた私の頭の中には、その言葉だけがぐるぐると巡っていた。

正社員に採用されると思っていた私。
でも告げられたのは、会社の閉鎖だった。

70歳近い社長が入院した。息子が継ぐと思っていたけれど、その意思はなかった。正社員ではなかった私は、雀の涙ほどのわずかな現金をいただいただけ。

秘密にしないと。
絶対に『帰ってこい』って言われるもん。
数ヶ月分の家賃を払えるだけの貯金はあるし、大丈夫。

きっとなんとかなる……よね?




いくらゆっくり歩いても、15分ほどで裏通りの商店街にある待ち合わせの場所、『喫茶BON』に到着してしまった。

店の前で笑顔を作り、口角を上げてから、ゆっくりとドアを開けて静かに中へ入る。