神に選ばれなかった者達 後編

萌音は、一人きりでスーツケースを押し。

一人きりで、新幹線に乗り込んだ。

席に座ると、間もなく、新幹線が動き出した。

生まれ育った街並みが、ゆっくりと萌音の前から消え去っていく。

…果たして私は、再びこの街に帰ってくることが出来るのだろうか?

再び両親に再会することはあるのだろうか?

その時、母は何と言うだろう?父親は?

「寂しい思いさせてごめんね」って行ってくれるのだろうか?

…有り得ない。

今の段階では、とてもじゃないけど有り得なかった。

萌音は窓の外を見ながら呟いた。

「…萌音は大丈夫だよ」

自分に、そう言い聞かせるように。

「お父さんがいなくても大丈夫。お母さんがいなくても大丈夫…。萌音は大丈夫だもん。大丈夫…」

大丈夫、大丈夫と。同じ言葉を繰り返す。

「一人でも平気だよ。あんな人達、いなくたって、萌音は…」

…必要とされない自分。

母親が叫んだ言葉が、脳裏によぎる。

「他人に優しく出来ない人間は、誰にも優しくしてもらえない」という言葉。

生まれてきた瞬間から、母親に拒絶されて、産まなきゃ良かったと言われ。

妹ばかり大切にされて、自分のことはずっと放置されて…。

…何で、私はこうなんだろう?

普通に生まれたかった。男の子じゃなくても良い。女の子でも良いから、普通の子に。

萌音は、自分が普通じゃないことに気づいていた。

母親のお腹の中に居た頃から今日に至るまで、毎日の記憶があるなんておかしい。

毎晩のように、夢の中でバケモノと戦ってるなんておかしい。

自分の妹を可愛がってあげられないなんて、優しくないなんておかしい。

おかしい、おかしい。何もかもおかしい。普通じゃない子…。

普通じゃないから、私は自分の家を追い出される。

私が…普通じゃないばっかりに…。

両親が望んだ子じゃなかったばっかりに…。

「…」

…不意に、目の前の景色が歪んだ。

まるで水の中にいるように、よく見えない。

…雨?

そんなはずはない。ここは新幹線の中なのだ。

…そうじゃなくて。

私が、泣いているのだ。

萌音は、ぐしぐしと自分のまぶたを拭った。

これまで、どんなことがあっても泣かなかった。

生まれた瞬間、母親に突き飛ばされた時も。

一人ぼっちで、何時間も留守番させられた時も。

母親に拒絶されて、「産まなきゃ良かった」と言われた時も。

家を追い出されることが決まった時も。

毎日の悪夢に苦しめられていても。

どんなに寂しくて、辛くて、心が酷く痛んでも…決して泣かなかった。

それなのに、萌音は泣いていた。

一人で、誰も見ていないところで。

通り過ぎていく景色を眺めながら、萌音は無言で、ぽろぽろと涙を流していた。



…この時の萌音のことを思い出すと、俺は身が千切れそうになる。

傍にいてやりたかった。涙を流す萌音を、抱き締めてやりたかった。

手を握ってやりたかった。「泣かなくて良い」と言ってあげたかった。

だけど。

この時、ただの『声』でしかなかった俺は、萌音の為に何もしてやれなかった。