萌音の父親はある日、萌音が一人で留守番していた時に。
仕事が早く終わって、いつもより早く帰ってきたことがあったのだが。
その時、しんと静まり返った家の中で、萌音がぽつんと一人で待っているのを見つけた。
そして、心底驚いた。
萌音父は、まさか萌音母が、長女を一人置き去りにして出掛けているとは知らなかったのだ。
あの日は確か、萌音の母親は、真理亜を連れて遠くの病院で診てもらっていた。
その間萌音は、朝から夕方まで、ずーっと一人ぼっちだった。
食事もせずに、ただひたすら床に座って、誰かが帰ってくるのを待っていた。
萌音は父親が帰ってきたのを見て、何も言わずに父親に抱きついた。
父親は、萌音をぎゅっと抱き返した。
そして、「お前ばかり我慢させてすまない」と謝った。
萌音は相変わらず何も言わず、ただ、小さくこくりと頷いた。
父親だけは、萌音の気持ちを分かってくれている。
萌音はそう思った。
どんな状況になっても、父親だけは萌音の味方だ、と。
その時点で萌音にとって、母親は既に自分の味方ではなかった。
むしろ、妹のもろとも、萌音を傷つける「敵」だった。
数年後、久留衣家に引き取られた6歳の萌音だったら、ここで母親と妹をボコボコにするところだったが。
しかし萌音はこの頃、まだ現実の人間に対して暴力を振るうことはなかった。
寂しくても辛くても、お腹が空いても、喉が乾いても、寒くても。…惨めでも。
その気持ちを決して表に出すことはなく、じっと耐え忍んでいた。
後に萌音が秘めたる暴力性を爆発させたのは、この時我慢し過ぎた反動なのだと思う。
父親は、萌音母に訴えた。
「もう少し萌音との時間を作ってやるべきだ」と。
ド正論。
しかし、萌音母は首を横に振った。
それは決して、萌音のことが憎かったわけではない。
シンデレラをいじめる継母のように、萌音を傷つけたかったからではない。
萌音との時間は、大きくなってからでもいつでも取ることが出来る。
だけど真理亜は違う。大人になるまでに、出来るだけ多くの経験をして、知識を吸収して、出来ることを増やさなければならない。
その為に、時間を無駄にする訳にはいかない。
それが萌音母の言い分だった。
…腹が立つな。
萌音との時間は、母親にとって「無駄な時間」な訳だ。
萌音だって、大人になるまでの時間は限られてるんだぞ。
幼い今のうちじゃないと経験出来ないことだって、たくさんある。
それなのに、言うに事欠いて、「萌音との時間はいつでも取れる」だと?
取れねーよ、馬鹿。
大きくなった時、萌音が今更あんたと絆を結びたいと思うとでも?
そんな都合の良い話があるか。
父親が何度も説得しても、萌音母は譲らなかった。
その残酷な話し合いを、萌音が部屋の前に隠れて聞いているとも知らず。
萌音はその時、泣き出したりはしなかった。
ただ、もう駄目なんだな、と思った。
母親から愛情を得ることは、私には出来ないんだ。
そう思った。
たかだか四、五歳の子供が、そんな風に親からの愛情を諦めるだなんて。
そして、何よりも残酷なことは。
萌音は決して、そういった辛い経験を、忘れることが出来ないという点だ。
だから十年以上経った今でも、萌音はその時のことを鮮明に覚えている。
仕事が早く終わって、いつもより早く帰ってきたことがあったのだが。
その時、しんと静まり返った家の中で、萌音がぽつんと一人で待っているのを見つけた。
そして、心底驚いた。
萌音父は、まさか萌音母が、長女を一人置き去りにして出掛けているとは知らなかったのだ。
あの日は確か、萌音の母親は、真理亜を連れて遠くの病院で診てもらっていた。
その間萌音は、朝から夕方まで、ずーっと一人ぼっちだった。
食事もせずに、ただひたすら床に座って、誰かが帰ってくるのを待っていた。
萌音は父親が帰ってきたのを見て、何も言わずに父親に抱きついた。
父親は、萌音をぎゅっと抱き返した。
そして、「お前ばかり我慢させてすまない」と謝った。
萌音は相変わらず何も言わず、ただ、小さくこくりと頷いた。
父親だけは、萌音の気持ちを分かってくれている。
萌音はそう思った。
どんな状況になっても、父親だけは萌音の味方だ、と。
その時点で萌音にとって、母親は既に自分の味方ではなかった。
むしろ、妹のもろとも、萌音を傷つける「敵」だった。
数年後、久留衣家に引き取られた6歳の萌音だったら、ここで母親と妹をボコボコにするところだったが。
しかし萌音はこの頃、まだ現実の人間に対して暴力を振るうことはなかった。
寂しくても辛くても、お腹が空いても、喉が乾いても、寒くても。…惨めでも。
その気持ちを決して表に出すことはなく、じっと耐え忍んでいた。
後に萌音が秘めたる暴力性を爆発させたのは、この時我慢し過ぎた反動なのだと思う。
父親は、萌音母に訴えた。
「もう少し萌音との時間を作ってやるべきだ」と。
ド正論。
しかし、萌音母は首を横に振った。
それは決して、萌音のことが憎かったわけではない。
シンデレラをいじめる継母のように、萌音を傷つけたかったからではない。
萌音との時間は、大きくなってからでもいつでも取ることが出来る。
だけど真理亜は違う。大人になるまでに、出来るだけ多くの経験をして、知識を吸収して、出来ることを増やさなければならない。
その為に、時間を無駄にする訳にはいかない。
それが萌音母の言い分だった。
…腹が立つな。
萌音との時間は、母親にとって「無駄な時間」な訳だ。
萌音だって、大人になるまでの時間は限られてるんだぞ。
幼い今のうちじゃないと経験出来ないことだって、たくさんある。
それなのに、言うに事欠いて、「萌音との時間はいつでも取れる」だと?
取れねーよ、馬鹿。
大きくなった時、萌音が今更あんたと絆を結びたいと思うとでも?
そんな都合の良い話があるか。
父親が何度も説得しても、萌音母は譲らなかった。
その残酷な話し合いを、萌音が部屋の前に隠れて聞いているとも知らず。
萌音はその時、泣き出したりはしなかった。
ただ、もう駄目なんだな、と思った。
母親から愛情を得ることは、私には出来ないんだ。
そう思った。
たかだか四、五歳の子供が、そんな風に親からの愛情を諦めるだなんて。
そして、何よりも残酷なことは。
萌音は決して、そういった辛い経験を、忘れることが出来ないという点だ。
だから十年以上経った今でも、萌音はその時のことを鮮明に覚えている。


