神に選ばれなかった者達 後編

詳しい病名が何なのか、は伏せるが。

妹の真理亜は幼い頃から酷く神経質で、特定の音、特定の感触に過敏に反応した。

萌音がなまじ育てやすい子だっただけに、その違いは明らかだった。

大きな病院に連れていって、色々と検査して分かったことだ。

手術や投薬で治ることはない。一生、付き合っていかなければならない。

自分の子が障害を持っていたことに、萌音母は衝撃を受けた。

まぁ、どんな母親でもそうだと思うが。

しかし、そういう検査を勧められた時点で、ある程度の心の準備は出来ていた。

だから、そのショックは、萌音が男の子ではなく女の子だった時のそれよりはずっと少なかった。

おかしな話だ。

普通、子供の性別よりも、障害の有無が判明する方がショックだろ。

そのことも、萌音の心を傷つけた。

萌音が女の子だと判明した時は、半月近くも落ち込んでいたのに。

妹の真理亜に障害が発覚した時は、ほんの数日ほどで、萌音母は気持ちを切り替えた。

真理亜の為に、親として出来る限りのことをしてあげよう。

それが、親の義務だと。

非常にもっともな考えで結構だが。

問題は、それが行き過ぎてしまったという点だ。

萌音の両親はそれからというもの、障害児を持つ親の為の講演会やセミナーに、積極的に参加した。

いつだったかの講演会で、障害児教育の第一人者とかいう、お偉い教授から。

「障害児が将来的にどんな大人になるかは、脳が発達する子供時代の療育にきっている」的なことを言われた。

萌音の妹みたいな、知的な障害を持つ子供は、大人になってから新しいことを始めるのは難しい。

しかし子供のうちから出来ることの幅を広げておけば、それだけ将来の選択肢が増える。

だから、脳が発達する子供のうちに、出来ることをたくさん増やしておくのが大切なのだ、と。

これはこの教授の持論であって、別の偉い人はまた違うことを言うのだろうが。

萌音の母親は、この言葉に深く感銘を受けたらしい。

この教授の出版した本を買い漁り、熱心に勉強を重ねた。

そして、真理亜がまだ子供のうちに、たくさんの経験をさせて、たくさんのことを学ばせて。

自分達親が他界した後も、真理亜が自立して生きていけるように。

出来ることを増やし、将来の選択肢を増やしてあげよう。

そう、心に誓った。

真理亜の障害と向き合おう。そしてこの子の成長を助けよう。

親として、この子の為に出来ることは、何でもしてあげよう…。

萌音母だけではなく、萌音父も同じ意見だった。

そう思うこと自体は悪くない。立派な考えだと思う。

真理亜は幸せ者だ。

障害が発覚しても、ろくに療育もしてもらえず、放ったらかしにされる子供もたくさんいるだろうに。

これほど熱心な、愛情深い両親のもとに生まれて。

…だけど、それは決して。

長女である、萌音の育児を放ったらかしにして良い言い訳にはならない。