神に選ばれなかった者達 後編

萌音の養父、萌音がパパとママと呼んでいる久留衣夫妻は。

萌音が里子に出された理由を、萌音が幼い頃持っていた暴力性によるものだと思っている。

引っ越したばかりの頃の萌音は、本当に酷かったからな。

俺も見ていたから分かるけど、酷く追い詰められていた。

他人を傷つけることで、自分の身を守ろうとしていた。

夢の中での生き方を、現実でも活かしていた結果だ。

そして…これまで、実家で抑圧され続けてきた「反動」でもあるのだろう。

萌音が里子に出されたのは、萌音が乱暴だからではない。

むしろ久留衣家に来るまで、実家に居た頃の萌音は…大人しくて、自己主張をしなくて…。

誰かから傷つくことを言われても、何も言い返せずにじっと我慢している。

そういう子だった。

そうやって…実の両親に愛されようとしていた。

少しでも、「良い子」だと思ってもらおうと…。

一生懸命、一生懸命に我慢を重ねて…。

…それなのに、結局萌音の両親は、萌音を手離した。

萌音は「親に捨てられた」と思い込み、これまでの我慢が爆発した。

それまでずっと我慢していたものが、暴力に形を変えて現れたのだ。

傷つけられたり悪口を言われたりした…だけじゃなくて。

子供同士の他愛ないからかいでも、ほんの冗談のつもりの軽口でも。

少しでも自分が「傷つけられた」と思ったら、容赦なく暴力を振るった。

夢の中で鍛えているお陰で、萌音は人を殴る時、子供とは思えない力を出した。

おまけに、人間の急所というものをよく理解していた。

顔のど真ん中を殴って、相手の戦意を消失させる、などお手の物。

自分よりも年上の高校生が相手でも、急所である鳩尾に痛烈な一撃を加える。

更に畳み掛けて顎を殴り、脳を揺らすことで反撃をさせない。

同級生の母親相手でも、首を絞めて殺そうとする…。

萌音は、相手を痛がらせる為に暴力を振るっているのではなかった。

萌音の暴力は、あくまで相手を殺す為の暴力だった。

夢の中での経験のせいで、萌音は自分に敵意を向ける者を、イコール自分を殺そうとする者、と変換しているのだ。

だから、萌音はいつだって容赦がなかった。

生まれた時から、現実と夢の中、それぞれを行き来していた萌音は。

夢の中もまた現実の一つであり、区別をつけることが難しかった。

危うく、萌音は現実でも人殺しになってしまうところだった。

それでも、何とか萌音が人殺しの烙印を押されることなく、これまで暮らしてこれたのは。

間違いなく、里親である久留衣夫妻のお陰だった。

あの二人の弛みない努力と、深い愛情のお陰で。

萌音は、人殺しにならずに済んだ。

…そして俺もまた、佐乱李優として、この世に生まれることが出来たのだ。

この夫婦のもとに引き取られたことは、萌音にとって数少ない幸運だったと言えるだろう。

もしも、萌音がまだ実家にいたら。

あの両親のもとにいたら…きっと。

萌音は今頃、塀の中か、矯正施設か、あるいは精神病院の部屋の中で暮らしているところだっただろう。