神に選ばれなかった者達 後編

萌音ちゃんは、一心不乱に書き続けた。

今日一日の記録を、余すことなく、鮮明に、詳細に。

あまりに真剣だったので、ついに声はかけられなかったが…。

「…おしまい」

ようやく萌音ちゃんが、その日の記録を書き終えたのは。

日記を書き始めてから、たっぷり一時間以上経過した後だった。

…あれほどの集中力を、一時間も維持出来るのは凄い。

しかも、まだ小学一年生なのに。

一時間の間に、ノートに何ページも書き込んでいた。

成程、あんなにたくさんの日記帳ノートを持っていた訳だ。

毎日のようにこんなに記録してたんじゃ、大学ノートなんてあっという間になくなってしまう。

…さて、それじゃあ話しかけて良いかな。そろそろ。

「…萌音ちゃん」

「ふぇ?」

萌音ちゃんは、ようやく振り向いてくれた。

横で、俺がじーっと見つめていたことに気づいたらしい。

…ごめんね。邪魔するつもりは全然なかったんだけど…。

「随分長く集中してたね…」

「うん」

萌音ちゃん、ちょっと自慢げ。

他の子だったら、例えそれが勉強用のノートだとしても、親に勝手にノートを見られることを嫌う。

「勝手に見ないでよ!」とか言って怒られてしまうことが、しばしば。

違うんだよ。勝手に盗み見ようとしてるんじゃなくて。

大抵はただ、「ご飯だよ」って伝えに来ただけ、とか。「早く寝なさい」って言いに来ただけ、なんだけど。

年頃の子には、親に見られたくないものだってたくさんあるだろう。

それは尊重してあげたいと思ってるんだけど…でも…見たいか見たくないかと言われれば、正直見たい。

親なら誰でも、そう思うと思う。

しかし萌音ちゃんは、俺が横からノートを眺めていたことに気づいても、慌てて隠そうとはしなかった。

いや、隠すも何も、既にばっちり見てしまった後だから、今更どうしようも出来ないんだけど。

萌音ちゃんは、特にこのノートを見られて困ることはないらしい。

むしろ萌音ちゃんは、自慢げに、

「これ、萌音の記憶なの」

と言った。

…成程ね。

最初の日に同じことを言っていたが、その時は意味が分からなかった。

でも、今ようやく分かった。

「萌音ちゃん、凄い記憶力なんだね」

俺は、自分が思ったことを素直に伝えた。

「今日、何処で、何時に何をしたかなんて…普通、そんなに鮮明に覚えていないよ」

「…そうなの?」

「そうだよ」

萌音ちゃんの記憶力なら、昨日のお昼ご飯…のみならず。

先週のお昼ご飯を思い出して、と言われても、即答出来そうだね。

「萌音ちゃん…。先週の今日、お昼に何食べたか覚えてる?」

「?給食だよ。いわしの蒲焼きと、と、さつまいものお味噌汁と、ご飯と牛乳」

ほら。本当に覚えてる。

凄いな…。俺は先週の今日、何食べたか覚えてないよ。

ママが作ってくれたお弁当だということは確かだけど、その中身のおかずまでは…。

それなのに、萌音ちゃんは。

「でもね、萌音のお味噌汁には、さつまいもが一個も入ってなかったんだ」

「そ、そうなんだ…。それは残念だったね…」

「でもね、お豆腐はいっぱい入ってたんだよ。七個も入ってた」

「そ…そんなことまで覚えてたの?」

「うん。だから、ほとんどお豆腐のお味噌汁だなーって思ってたの」

…確かに。

給食当番さん。悪気はないんだろうけど、おかずは平等に配膳してください…。