神に選ばれなかった者達 後編

今でこそ、その教育が誤りであることが分かる。

そんな育て方は間違っていると。

だが、俺は他の家庭を知らない訳で。

大体、母は誰がなんと言おうと、自分の意見を変える人ではない。

母自身、自分の子育てが一般的なそれとは違っていることを自覚していた。

自覚していながら、自分の育て方こそ正しいと思い込んでいた。

母は、よく言っていた。

家庭というのは、国と同じなのだと。

…どういう意味か、って思うだろう?

母が王様で、俺が国民の、小さな国。

国が違えば法律も違うし、生まれた国の法律が全て。

どんなに自分の国が嫌でも、この国に生まれたからには、この国の法律に従わなければならない。

よその国はよその国。自分とは違う国なのだから、違っているのが当たり前。

と、いう理屈である。

…めちゃくちゃだろう?

でも母は自分の意見が絶対だと思っていたし、俺もそんな母に育てられて、母の価値観こそ正しいと思い込んでいた。

母に逆らうということは、つまり自分の国の王様に逆らうこと。

王様に逆らえば処刑される。あるいは、国から追放されてしまう。

国によって庇護してもらう為には、絶対君主に従うしかないのだ。

自分という存在は、生かしてもらうに値する。育てる価値があると思ってもらう為に。

立ち止まることも振り返ることも許されず、ひたすら母の決めたレールをひた走る。

そうしなければ、俺という人間に価値はない。

俺はそのように教え込まれていたから、幼い頃から当たり前のように、そう思い込んでいた。

やがて俺は、幼稚園に通うようになった。

そこは、地元ではかなり優秀な幼稚園で。

俗に言う「お受験」をして、俺はその幼稚園に入園した。

エリート幼稚園だったから、周囲の園児の親も、いわゆる教育ママが多かったけど。

その中でも、我が家の異質さは群を抜いていた。

俺は生まれてこの方、娯楽というものを知らなかった。

遊ぶという行為は怠惰の証拠であり、身体の発育に必要な運動以外で、身体を動かす必要はない。

という母の教育方針のもとに育っていた。

だから、我が家には玩具がなかった。全くなかった。

そんなものを買うのは、子供を堕落させる行為であり、時間と金の無駄だった。

その為、幼稚園で初めて玩具や遊具を見ても、俺がそれで遊ぶことはなかった。

「遊ぶ=悪」だと思い込んでいたから。

他の子達が遊んでいても、俺はその輪に加わらなかった。

今でも覚えている。

入園して数日の頃。

園児達が外に出て、ブランコや滑り台で遊んでいる姿を、俺はぼんやりと眺めていた。

すると、一人の幼稚園の先生が、そんな俺に気づいた。

そして、こう聞いてきた。

「響也君も、一緒に遊ぶ?」

その先生はてっきり、俺が引っ込み思案なせいで、自ら「入れて」と言いづらいのだろうと思ったんだろう。

だから、気を遣って声をかけてくれたのだ。

だけど、俺は静かに首を横に振った。

そして、こう答えた。

「時間の無駄だから、そんなことはしない」と。

その時の、驚いた先生の顔が今でも忘れられない。