神に選ばれなかった者達 後編

「…」

この時、俺は何も答えなかった。

返事をしろと言われても、なんと答えて良いのか困っただろう。

だって、分かるか?自分の生まれてきた意味。

大人でさえ、その質問に自信を持って答えられる人は少ないだろう。

その儀式が始まったのは、俺が三歳かそこらの時だった。

たかが三歳の子供に、分かると思うか?自分が生まれてきた意味。

だから俺は何も答えなかったし、母も答えを期待している訳じゃなかった。

代わりに、母はその質問に、自らの言葉で答えた。

「あなたは、役目を果たす為に、義務を果たす為に生まれてきたの」

…と。

「子供を生み育てることは、並大抵のことじゃないわ。時間も手間も、お金もかかる。人生において、時間やお金は限られたもの。その大事なリソースを、わざわざあなたの為に捧げたのよ」

「…」

「あなたを生む為に、私は大変な労力を払ったわ。これは避けられる労力だった。私には、子供を持たないという選択肢もあった。それなのに私は、敢えてあなたをこの世に誕生させることにした」

「…」

「あなたの為に、私は不必要な労力を払ったの。分かるわね?」

俺はその時、いつも反射的に頷いた。

しかし、本当は何も分かっていなかった。

この時の俺に分かっていたのは、こういう時、母に何も言い返してはいけないということだけだ。

「そうする価値があると思ったから、わざわざあなたを生んだの。そして、こうしてあなたを育てているのよ」

「…」

「世の中には、子供を生むだけ生んで、育てない親がたくさんいる。赤ん坊のうちに捨ててしまったり、口減らしの為に生まれた時に絞め殺す親がたくさんいるの」

「…」

「子供を育てることは義務じゃない。私はいつでも、捨てようと思ったらあなたを捨てることが出来る。私が『あなたの養育は今日限りでやめる』と言えば、あなたには住む家も、今日の食事もなくなるのよ」

「…」

よくもまぁ、そのようなことを自分の子供に向かって言えたものだ、と。

今でならそう思うけれど。

母が絶対的な価値観である以上、母の言うことは何であれ真実だった。

「社会でも、常にそうよ。認められようと思ったら、必要とされようと思ったら、常に己の価値と必要性を示さなければならない。『私にはこんなことが出来ます』ってね。それを示せなければ、あなたは世の中に必要ないのよ」

「…」

「だからあなたは、私に養ってもらおうと思ったら、常に自分の価値を私に示さなければいけないのよ。あなたは養育する価値のある存在だと、常に証明しなければならない。…分かるわね?」

「…」

分かっていなかった。

分かっていなかったけど、俺は頷いた。

母は間違ったことは言わない。母の言うことは正しい。

「私の期待に応えなさい。それがあなたの存在理由よ。決して失敗することは許さない」

「…」

「失敗から学ぶなんていうのは、弱者の理論よ。時間の流れは止まらない。あなたが失敗して、また立ち上がるのを長々と待ってはくれないのよ。だから一度も失敗しないようにしなさい」

「…」

「勝ち続けなさい。私に存在価値を示しなさい。それが出来ないなら、あなたの存在には何の意味もないわ」

母はきっぱりとそう言い、俺も母の言葉に頷いた。

…今にして思えば、なんと恐ろしい言葉だったことだろうか。