神に選ばれなかった者達 後編

…一体どんな経験をしたら、こんな風に、冷静な顔をして暴力を振るうことが出来るのか。

それも、血が出るほど強く…。

これには、俺の方が動揺してしまいそうだった。

その動揺を悟らせないよう、俺はまず、絵里衣ちゃんに声をかけた。

「絵里衣ちゃん。ここは大丈夫だから」

「ぱ、パパ…」

「この子をママのところに連れてってあげて。手当てしてもらって」

「う、うん…」

未だに泣きじゃくっている年少の女の子を、絵里衣ちゃんに託し。

俺は改めて、萌音ちゃんと向き合った。

ちゃんと言わなきゃいけない。話さなきゃいけない。

「一体何があったの?」

「…??何が?」

別に萌音ちゃんは、すっとぼけようとしている訳じゃなかった。

何でそんなことを聞くの、とばかりに、不思議そうに首を傾げていた。

「萌音ちゃんが叩いたの?」

「うん」

全く、悪びれることなく認めた。

だけど、尊大な態度には見えない。開き直ってる訳じゃない。

言い訳をして、言い逃れしようとしている訳でもない。

その点では、萌音ちゃんは何処までも潔かった。

でもこの場合の「潔い」は、良い意味ではない。

それはつまり、「自分が悪いことをした」という自覚がないということだ。

「どうして、そんなことをしたの?」

「だって、アレが萌音の…」

「アレじゃないよ。人間は、モノじゃないんだから」

「そうなの?じゃああの子が、萌音の服を盗ろうとしたから」

服?

…って、今、萌音ちゃんが手に持っているブラウス?

昨日着てた…。あの真新しい、可愛らしいブラウス。

「萌音のお洋服なのに、勝手に盗もうとしたから」

「だから…だから、叩いたの?あんなに強く?」

「だって、人の物を盗ろうとしたんだよ?」

当然の報いでしょ?と言わんばかり。

…そんなことで、と思わず激昂しそうになった。

理由なんて関係ない。

例え原因が何であろうと、あんな小さい女の子の顔を、血が出るほど強く殴るなんて。

どんな理由があったとしても、許されることではない。

兄弟間の物の取り合いで喧嘩が起きることは、それこそ日常茶飯事だった。

その都度注意はしているけれど、こればかりはなかなか…。

でも、その度に相手の顔を殴られたんじゃ堪らない。

「…そうだね、萌音ちゃんの物を、勝手に盗ろうとしたのは悪いことだけど」

これは、後で絵里衣ちゃんに聞いたことなのだが。

一部始終を見ていた絵里衣ちゃん曰く。

殴られた年少の女の子は、何も萌音ちゃんのブラウスを盗もうとしていた訳じゃなかったらしい。

ただ、タンスの中に新しい服を見つけて、それが可愛かったから、触ってみたかっただけらしい。

だけど、ブラウスを手に取るなり。

それを見た萌音ちゃんは、「自分の服を盗まれた」と勘違いしたらしい。

それで、問答無用で思いっきり、年少の女の子の顔を拳でぶん殴ったらしい。

その現場を見ていたら、俺はもっと…気を失うほどに衝撃を受けたに違いない。