神に選ばれなかった者達 後編

記憶…。…萌音ちゃんの、記憶…。

果たして、それはいったいどういう意味なのか…。

「…このノート、見ても良い?」

だめ、と言われることは想定していた。

子供というのは概して、自分の書いたものを親に見せることを嫌う。

だから、もしも拒否されたら、その時は潔く退くつもりだった。

…しかし。

「良いよ」

案外あっさりと、萌音ちゃんはノートを見せてくれた。

「でも、破ったり汚したりしないでね」

「うん、分かってる。気をつけるよ」

そう言って、俺はスーツケースの中から、適当に選んだ一冊を手に取った。

ページを開くと、そこにはびっしりと、文字が書き連ねてあった。

子供の字だった。

ひらがなばかりで、拙い文章だけど。

でも、文字に込められた気迫、みたいなものはよく伝わってきた。

何としても、記録に残しておきたい。

そんな強い思いが感じられた。

よく見ると、毎日の日付が書いてある。

「萌音ちゃん…これ、日記帳…?」 

「うん」

…成程。

確かに、毎日の日付がちゃんと明記されている。

日記…日記帳…。

「もしかして、このノート全部…日記帳なの?」

「うん」

「…」

…なんてことだ。

こんな小さな子が、こんなに何冊もノートを消費するほど、日々の記録をつけることに熱心になっているとは。

普通、子供は4〜5歳の頃から、段々と字が書けるようになってくる。

けど、こんな風に起きたことを文章にまとめて書けるようになるのは、もう少し大きくならないと無理だろう。

萌音ちゃんが早熟な子だったとして、こんな風に文章が書けるようになったのは、最近のことのはず。

その「最近」の間に、これらの記録をつけたというのか?

…この子が大人になるまで日記を書き続けたら、その総数は一体何冊になることだろう。

この部屋、全部ノートだけで埋め尽くすんじゃないだろうか。

「す…凄いね、こんなに毎日…ちゃんと書いて…」

「だって、生まれた時からの記憶だから」

「…?」

俺はまだその時、萌音ちゃんの特異体質のことを知らなかった。

生まれてから今に至るまで、何一つ忘れることなく、記憶しているだなんて。

思いも寄らなかった。

そして、その特異体質故に、「忘れる」ことに過敏な恐怖を感じていることも。

だから萌音ちゃんは、このノートのことを「日記」とは言わなかったのだ。

これはあくまで、萌音ちゃんの「記憶」なのだ。

でも、その時はまだ知らなかった。

やたらと筆まめな子なんだな、と思っただけだ。

…このノートが大切なのは分かったけど。

「…ごめん、これは段ボール箱に入れて…押し入れに保管してもらって良いかな?」

「…」

「ほら、皆で暮らしてるから…あんまり物が多いと…」

ただでさえ、荷物を置く場所の争奪戦が白熱しているのに。

一人だけたくさん荷物を置いていたら、他の子供から反感を買う。

大家族あるある。

不本意そうではあったけど、萌音ちゃんもこれには同意してくれた。