神に選ばれなかった者達 後編

彼女が何で、一人旅をしても、こんなにけろりとしているのか。

その理由が、少し分かったような気がした。

…手を差し出されたら、誰だって繋ぐものだと分かるはずだ。

「手、繋ごう。はぐれたら大変だから」

「…うん」

ようやく意味が分かったとばかりに、萌音ちゃんは差し出された手をぎゅ、と握った。

…良かった。

手を繋ぐことを拒否している訳ではないんだ。

ただ、手を繋いでもらった経験がないというだけで…。

「さぁ、一緒に行こう」

「うん」

萌音ちゃんは、何の疑問も抱かずに、大人しくついてきた。

取り乱すことも、「やっぱりいや」と拒否することもなかった。

散歩にでも行くような気軽さでついてくる。

片手で萌音ちゃんの手を引き、もう片方の手でスーツケースを引き摺る。

そのスーツケースの重さに、少し驚いた。

萌音ちゃんの体重の方が軽いんじゃないか?と思うくらい重い。

「萌音ちゃん、荷物…凄く重いね」

「そう?」

「よく一人で持ってこられたね…」

大人でも、大人の男でも、「重いな」と思うくらいなのに。

よく、こんな小さな身体で、ここまで持ってこられたことだ。

階段とか、エスカレーターもあっただろうに。

一人で抱えたんだろうか?それとも、見かねて駅員さんが持ってくれたとか?

しかし、萌音ちゃんは。

「何で?持てないの?」

「え?いや…」

「萌音は軽かったよ」

…この子、真顔なのに冗談を言ってるのか。

初対面で冗談を言ってくれる、フランクな距離感は有り難いんだけど。

でも、冗談っていうのは笑いながら言うものであって、真顔で言うものじゃないんだ。

それを、この子に教えてあげないとな…。

…って、俺は本気で思っていた。

この時実は、まだ、萌音ちゃんが大人の男より力持ちだということを知らなかった。

何となく気まずい空気…に、なったような気がして。

ちょっと話題を変えようと、萌音ちゃんにこう尋ねた。

「このスーツケース、何が入ってるの?」

お気に入りの洋服?お気に入りの玩具?絵本?

こんなに重いのをわざわざ持ってきたのだから、きっと萌音ちゃんにとって、大切なものが入ってるに違いない。

そして実際、この中には、萌音ちゃんのとても大事なものが入っていたのだ。

「萌音の記憶」

「えっ?」

「萌音の記憶が入ってるの」

「…」

…えーと。

この歳のおませな女の子は、時折不思議なことを言う。

それは大抵、大人に関心を抱いてもらいたくて口にする、他愛ない冗談のようなものだ。

だけど萌音ちゃんは、笑っていなかった。

本気で、そう思い込んでいるように聞こえた。

…不思議な子だな、と思った。

そしてこれから先、彼女と一緒に暮らしている間、何度も思うことになる。