神に選ばれなかった者達 後編

だが、母の本当の教育は、ここからが本番だった。

母は俺を一人で育てていた。勿論、父親なんて会ったこともない。

いたとしても、父親になど口出しはさせなかっただろう。

それどころか、母は誰のアドバイスも聞かなかった。

常に、自分が正しいという確固たる信念を持っていた。

他人が何と言おうと、決して自分の意見を曲げることはない。

叔母曰く、母は昔からそういう人だったという。

まだ子供だった頃から、母は自分の将来設計を、非常に綿密に決めていた。

母が「大学教授になる」という夢を初めて口にしたのは、まだ小学生だった頃らしい。

小学生の口にする「将来の夢」なんて、大抵は荒唐無稽で、現実味を帯びていない。

周りの子が「サッカー選手になりたい」、「アイドルになりたい」と言うように、母は大学教授になるという夢を掲げた。

まさか、その夢を語ったおよそ十年後、本当に夢を叶えているとは、その時は誰も思っていなかった。

母は定められた自分の将来設計を完璧に履行する為に、あらゆる努力を惜しまなかった。

小学校を卒業後、母は地元の公立中学校に進学した。

母の性格からして、恐らく母の身の丈に合った、優秀な私立中学校を受験したかったに違いないが。

母の実家の経済状況がそれを許さず、また母の両親も、そこまで教育熱心な性格ではなかった為。

娘を中学校から私立に入れる、という選択肢を考えたことがなかったのだそうだ。

母はそのことを、今でも歯痒く思っているに違いない。

かと言って、そのくらいのことで挫折する母ではなかった。

ならばとばかりに、母はその中学校で、猛烈に自主勉強に励み。

中学校に在学中は、常にクラスでトップ、どころか学年でも一番の成績を取り続けたと言う。

そして中学校を卒業した後は、県で一番の進学校である高校に進んだ。

そこでもトップの成績を取り続け、誰もが知る有名な名門大学に入学。

ここでも非常に優秀な成績で、学校から奨学金をもらって、長期の海外留学も経験したらしい。

学部を卒業した後は、そのまま大学院に進み、大学院を卒業した後も大学に残って、母は長年の夢を叶えた。

今でも母は、自分の母校である大学で教鞭を執っている。

これらの経歴からも分かるように、母は非常に意志の強い人間なのだ。

決して物事に妥協せず、自分がやると決めたことは何が何でも、必ずやり遂げる。

言い訳は許さないし、「出来ませんでした」は通用しない。

自分に対しても、他人に対しても。

一体どうして母がそんな性格になったのか、叔母には分からないという。

昔から意固地で、こうと決めたら譲らないタチではあったらしいが。

誰に何と言われようとも、強い意志を持って、自分の正しいと思うことをひたむきに貫けば、必ず望みは達成される。

そのことを、母は自ら証明してみせた。

そして、自分は正しいという絶対的な自信を持っていた。

問題は、それを自分だけでなく、他人にも押し付けてしまうことだった。