神に選ばれなかった者達 後編

この教育方針は、俺がこの世に生まれた瞬間から始まっている。

そもそも、母は何でも計画的で、そして合理的な考えの持ち主だったから。

何もかも、全て計算ずくだった。

母は誰よりも、自分のことを第一に優先して考える人だった。

俺という存在も、俺を愛していたからこの世に産んだのではない。

自分の人生設計をより完璧なものにする為に、俺が必要だっただけだ。

母は俺が欲しかったのではない。子供が欲しかったのだ。

その為に、母は子を身ごもった。必要だったからそうしただけ。

別に、愛する人と愛する為の行為をしたかった訳じゃない。

だから、俺は自分の父親の顔を知らない。

叔母も、俺の父親については何も知らないらしい。

気がついたら、母は妊娠していた。

母にとって大切なのは、誰との子であるか、ではなく。

自分の優秀な遺伝子を受け継ぐ子を、この世に誕生させることだった。

その為に、俺は生まれた。

俺は誰の祝福も受けずに、この世に生まれた。

そうして、十月十日、自分の腹の中で育てた子供が生まれても。

母は人並みの母親のように、赤ん坊を愛し、甘やかしたりはしなかった。

ただし、決して放置していた訳ではない。

必要なことは何でもしてくれた。第一、そうでなければ今、俺は生きていない。

母は勉強の為に読んだ、数冊の育児書を参考に。

自分で表を作り出し、徹底的に一日のスケジュールを管理した。

毎日ロボットみたいに、決まった時間ごとにミルクを与え。

決まった時間に沐浴させ、決まった時間に着替えさせ、決まった時間に健康チェックをする。

問題がなければ、そのままベビーベットに放置する。

そしてそれらのチェック事項を確認する時間以外、母が俺の為に割く時間は1分たりともなかった。

泣いても、ぐずっても、放置。

部屋の中にベビーモニターをつけ、定期的にチェックするだけだった。

抱いてあやす、なんて無駄なことは一切しない。

そんなことは、母に言わせれば「時間の浪費」だった。

母は決して、赤ん坊の世話を放置することはしなかった。

ただし、そこに愛情や優しさは、一切感じられなかった。

ベビーシッターでも、もう少し人情味があるのではないだろうか。

母はひたすら機械的に、赤ん坊の面倒を見た。

そうしているうちに、俺も段々と機械的になってきて。

泣いても叫んでも、抱き上げてあやしてくれたりはしない。子守唄を歌って寝かしつけてくれることもない。

何もかも、全部無駄だと悟った。

そして俺は、泣かない子になった。

俗に言う、サイレントベビーという奴だろう。

だが、これは母にとって、計算通りだった。

母は敢えて、俺をそういう「聞き分けの良い」子供に育てたかったのだ。

母の目論見通り、俺は物静かで、どんなことがあっても泣かない、母の望む通りの子供に育っていった。