神に選ばれなかった者達 後編

萌音は毎晩のように、一人ぼっちだった。

あの当時、萌音の他に生贄はいなかった。

李優さえ、まだ萌音のもとにはいなかったのだ。

一人ぼっち。寂しい。

だけど、生まれた時からずっとそうだったから。

それが当たり前で、萌音は自分が見ている夢が特別なものだってことを知らなかった。

そのことを知ったのは、もっと大きくなってからだった。

それまでは皆、萌音と同じように。

夜になったら、夢の中でバケモノと戦ってるんだと思ってた。

そんなことはなかったらしい。びっくり。

だから萌音にとって、現実への「侵食」は、当然のことだった。

それが「侵食」であることにさえ、気づいていなかったくらいだ。

自分が生贄であり、萌音の見ている悪夢が特別なものであると知ったのは、もっともっと後になってから。

…不条理だよね。

何で、萌音だけそうなんだろう?

何歳の時に、誰が、どういう条件で生贄に選ばれるのか。

そのメカニズムは、未だに分かっていない。

でも、萌音みたいに、まだ赤ん坊の頃から生贄に選ばれた者は、他にはいない。

果たして、それは良いことなのか悪いことなのか。

生まれた時から悪夢が当たり前だったら、それが特別なことだとは思わないから、少しでも苦痛が減るんじゃないか。

っていう、偉い人の配慮なんだろうか?

それとも、単純にランダム?

いっせーのーせ、で選んだ先に萌音がいたから?それだけ?

…まぁ、選ばれた理由なんてどうでも良い。

肝心なのは、これまで萌音はずっと、悪夢の中でバケモノと戦ってきたということ。

そして、恐らくはこれからも、毎晩バケモノと戦うことになるのだろうということ。

それだけだ。

それから…萌音の、この超人的な記憶力。

このことも、萌音には説明がつかない。

普通の人は、赤ん坊の頃の記憶なんてないってこと。

ましてや、お母さんのお腹の中の記憶を覚えてるなんて、少数派であること。

仮に覚えていたとしても、萌音みたいに、言葉の一言一句を覚えているなんて、非常に稀な例であること…。

どれもこれも、全部後になって知ったことだ。

でも、それを知ったからって何だと言うのだろう。

自分の体質(?)が人と変わっていることを知っても、萌音としては「だからどうしたの」と言うしかない。

だって、萌音は生まれた時からこうなんだから。これしか知らないんだから。

病院に行って治る訳でも、年齢を重ねることで改善される訳でもない。

それどころか、皆が当たり前のように日々の記憶を忘れてしまうと聞いて、萌音はびっくりした。

びっくりして、そして恐れた。

萌音にとっては、薄氷の上を恐る恐る歩いているようなものだ。

いつ忘れてしまうか分からない。今は覚えていることも、いつか忘れてしまうかもしれない。

今、当たり前のように覚えていることが、いつか他の人と同じように、消えてしまうかもしれない。

今覚えているからって、これから先も覚えていられる保証はないでしょう?

こうしている間にも、萌音の中から、記憶が消えてなくなっている可能性だってある訳で。

さらさらと零れ落ちる砂時計の砂粒を、両手ですくい取るように。

萌音は、忘れてしまう前に、覚えていることを全部記録するようになったのだ。