無我夢中になって歌っていると、犬の散歩中のおばさんと目が合った。

“クスクス”


飼い主が笑う。

ハァハァ舌を出して、犬までもが笑う。



あたしは自分の半径30センチにしか聞こえないような少量の声で歌を続けた。

(歌なんて別に下手でも生きていけるもん)


爪先で地面の砂に円を描きながら、あたしは自分の音楽センスを恨んだ。


「あーあ、もしめちゃくちゃ歌が上手ければなぁ。あの人の隣で……キャーキャー!」


あの人って誰だか気になりますか?


はい、じゃあ後で教えてあげちゃいます!


時計台の針が15分を指した。
 
4月下旬とはいえ、夕方になると肌寒くなる日がまだある。

あたしは膝を抱え、丸まった背中を更に小さく丸めた。

丁度ラストのサビに入るところだった。

(!!?)



急に体が重くなった。

頭の中で金属音が鳴り響き、体中の細胞が一つ二つ三つと……次々に揺さぶられ、喉が焼け焦げてしまいそうなくらいに熱くなった。



あたしは何故かベンチの上に立ち上がり、両手を広げ歌を続けた。