騙すなら墓場まで




 底なし沼だと思った。


 一対の底なし沼が瞳に浮かんでいて、どれだけ見つめてもどんな感情も見えてこなくて、意識ごと沈んでいくような。


「どうして生きている」

「あ……」

「俺たちを散々痛めつけておいて、どうして生きている」


 ああ。

 この人は。


「俺たちが全てを失った日に、お前たち親子は豪勢なパーティーを開いていたよな」

「……」

「俺たちが苦しんでいるのさえ知らなかったんだろう」


 この人は伊月さんで、あの女性だ。


「幸せそうで何よりだよ」


 本を読み上げる機械音声のような、ざらついた冷たさが私の心臓をつかんだ。



 幸せになったらいけないと、わかっていたはずなのに。

 伊月さんの申し出を、絶対に断らないといけなかったのに。


 私は、結局は自分の幸せを優先したのだ。


「どうかなさいましたか」


 穏やかな声音が聞こえてきて、固まった身体が一瞬でほぐれた。手のひらの痛みに爪を食い込ませていたのだと知る。