正恵さんはそれきり口をつぐんでしまった。俯きがちにリビングを出て、しばらくしてから水音が微かに聞こえ始めた。
聞くべきじゃなかった。
聞けて良かった。
その両方が身体の中を渦巻いている。テレビではバラエティ番組が始まっていて、司会者が出すクイズにタレントたちが首を捻っていた。
伊月さんの執念は、彼自身を蝕みかねないほどのものだった。幸せに生きられるはずだった人生をお父さんに狂わされ、大切な両親を理不尽に奪われた。
そんな、しなくて良い経験が伊月さんを変えてしまったのだ。
けれども伊月さんは環境に恵まれた。優しい得留家のお二人に正恵さん。彼らがいたからこそ今までやってこれたし、彼の願いは実を結んだ。
あの人は、孤独ではなかった。
その事実に心からホッとした。私にそんな資格はないとわかっていたけれど、嬉しかった。
もし辛酸を舐めて生きてきたなら、私は彼の顔も見られず縮こまって生活していたに違いない。



