だめだ。伊月さんの考えていることがわからない。
「欲しい本があるので、早速使わせてもらいます」
「奥様、そこは服とかアクセサリーにしちゃいましょうよ」
少しは旦那様を困らせてやれば良いんですよ、と不満気にしていたけれど、私は絶対に困らせたくなかった。できるだけひっそりと暮らして、あの人の視界に入らないようにしたい。
だから、生活必需品と一緒に何冊か本を買った。目についた適当なものを二、三冊選び、少しずつ読んでいる。
清掃員として過ごしていた頃は、本を読む余裕なんてなかった。仕事をして、食べて、寝て。あの頃の私はただ生きているだけだった。
それでも、老人ホームで掃除の仕事をするのは辛くなかった。誰かとささやかな会話をして、やるべきことに精を出す。驚くほど平穏な生活だった。
だいぶマシになった指先でページをめくる。赤い線は薄くなり、前よりも柔らかくなった。伊月さんが手配して正恵さんが手入れをしてくれているおかげだ。



