伊月さんは口の端を少しだけ上げて、緩やかに首を振った。
「私のほうこそ、美節さんに婚約していただけて夢のようです」
お世辞が上手だと思ってしまう自分の思考を止めたい。そう思うのに、酸いも甘いも噛み分けた大人の女性こそが彼にしっくりくると感じてしまう。
お父さんの後継者になりたくて私に近づいたのかもしれない。ううん、伊月さんはそんな人じゃない。実力で社長になれる人だから、私と結婚してくれるのは……。
この頃の私は悶々と悩んでいた。今になって思えばなんて能天気だったんだろう。
「美節さん」
左手が伊月さんの手と重なる。お父さんとも違うゴツゴツして筋張った大きな手。
「どうか私を信じてください」
その言葉だけで悩みは吹っ飛んで、簡単に舞い上がってしまう。あなたは気づいているだろうか。顔が否応なしに火照って、もっとスマートに振る舞いたいのにできなくなってしまう。
伊月さんの顔がゆっくり近づいてきて、私は自然と目を閉じた。



