騙すなら墓場まで




 夢を見ていた。

 父に守られ、苦労知らずの令嬢として暮らしていた頃の夢だ。

 私は劇場の特等席で伊月さんと観劇している。演目は「オペラ座の怪人」で、私は怪人がヒロインへの想いを切々と歌い上げる場面で涙ぐんでいた。


「大丈夫ですか?」

「……ありがとうございます」


 伊月さんに耳元で囁かれて飛び上がりそうになってしまった。婚約したというのに、この調子だと正式な夫婦になったらどうなってしまうんだろう。

 手渡されたハンカチで目元を押さえる振りをして、顔が赤いのを隠そうと俯いた。

 そっと隣りを盗み見る。ギリシャ彫刻も真っ青な横顔がそこにある。こんな素敵な人が、どうして私と結婚する気になったのか今でも不思議だ。


「どうかしましたか?」


 彼の顔が私に向けられる。心の準備ができてなくて、ハンカチを握りしめたまま視線をあちこちに飛ばす。


「その、まだ婚約していただけたのが信じられなくて」


 正直に言ってしまってから後悔した。こんなの伊月さんに失礼だ。