伊月さんは父に人生を狂わされた一人だった。父の詐欺により多額の借金を背負い、ご両親は働けるだけ働いた結果、疲れから事故を起こし亡くなった。
しかし遠縁の警察官僚に養子として引き取られてからは、警察官になって父を捕まえることを目標に生きてきた。
その執念は完璧な形で実を結んだ。表向きは秘書として、私の婚約者としてずっと証拠を集めていたのだ。
「伊月さん……」
彼の名前を呼ぶ資格なんてない。
そうは思っても、確かに恋だった。それをちゃんと整理できないままこうして一年が経ってしまった。
私はこうして派遣で清掃員をしながら、ただ静かに現実を生きているのに。気持ちだけが、あの日に置き去りにされたままだ。
「どうかしてる……」
呟いた声を葉っぱとまとめてちり取りに放り込み、施設の中へと戻る。〈さくら園〉とくずし字で印刷された木の板を横目に自動ドアをくぐる。今度は各部屋を回っての掃除作業が待っている。



