「坂崎さん、お疲れ様ぁ」
植田さんの間延びした声が聞こえてきて、私は今日も一日が始まったなぁと実感する。私は手を止めて、小柄な植田さんと向き合う。今年で八十五歳になるという植田さんは施設を自分で移動し、介助無しでご飯を食べられる方で、どうしてここに入居しているのだろうと最初は不思議だった。
「健吾が来たら教えてね」
「はい」
健吾さん、とは彼女の息子で十数年前に事故で亡くなっている。警察官として人々のために日夜働いていた、自慢の息子だった。
それが五年ほど前から健吾さんを探しに近所を徘徊するようになった。周囲は彼女の事情を知っていたからできるだけサポートはしていたらしい。
「久美さんはね、時々だけど会いに来てくれるの」
「旦那さんとも一緒に来てくれるといいですね」
だけど、健吾さんの妻・久美さんのお母さんが骨折し、要介護となってからは難しくなった。息子さんも大学受験を控えていたため、これはもうどうしようもないと施設に入居させたのだそうだ。



