玉響の一花    三

『どうかしたか?』


「いえ‥‥色々な思い出がここには
 あるので思い出してました。」


ガランとした空っぽの住み慣れた部屋
の真ん中に立ち瞳を閉じると、本当に
色々な事が蘇る


迷惑をかけるのが嫌で退職願いを渡したこともあったな‥‥


筒井さんに傷の手当てをしてもらって
キスをしたこと


一度別れたあと、ここで抱き締められて
眠った日がついこの間のことのようだ


出掛けるたびに何度も車で
送ってもらった大切な場所は、
私が成長するのに必要だった場所の
一つになっている


沢山ここで泣いたし、沢山幸せも感じた



『これからはあの家でまた始まる』


「ふふ‥‥そうですね。
 よろしくお願いします。」


後ろから優しく抱き締められると、
腰に回された手にそっと両手を重ねた



『今日は疲れてると思うから外で
 食べてから家に帰ろう。』


「はい、嬉しいです。」


一緒に帰る場所が同じだと、もう
お泊まりセットの準備もいらないし、
泊まった後送ってもらわなくても
いいんだって思うと筒井さんの
負担がかなり軽減されると思えた。


荷物を運び終えた後、足りないものを
少し購入した後、久しぶりに日本食の
お店に連れて行ってもらい、お得な
コースを2人で堪能した


食料品をスーパーで購入してから
帰ると、筒井さんのスマホが鳴り、
冷蔵庫に片している私にごめんと
ポーズをしてから電話に出た


『なんだよ。‥‥‥うん‥‥ああ
 いるよ。‥‥えっ?‥‥わかった。
 言っとくけど飯はないからな!』


電話を切った筒井さんがキッチンに
やってくると、背後から冷蔵庫を
パタンと閉められたので後ろを見上げた


『お前、拓巳と今日何か約束してた
 みたいだな?』



へっ?


あっ!!!!!
ッ‥そうだった!!!
引越しのことや物思いにふけっていて、
昨日までは覚えていたのに、今まで
すっかりと忘れてしまっていた。


「すみませんっ!‥‥仕事のことで
 どうしても蓮見さんと話さないと
 いけないことがあって、2人きりだと
 マズイからって蓮見さんが引越し
 したらここに行くって言ってたのを
 本当に忘れてました。」


蓮見さんにも申し訳ないけど、
筒井さんにも相談しておくべきだった‥


せっかくの同棲初日なのに、
勝手なことして呆れられても仕方ない


頭を丁寧に下げて謝ると同時に
インターホンが鳴り、筒井さんは
画面を確認すると玄関へ行ってしまった