名前のない香水

桐谷は、
グラウンドに戻りながら、
一度も振り返らなかった。

振り返ったら、
きっと、立ち止まってしまう。

一ノ瀬さんは、
大丈夫だと言った。

でも、
大丈夫じゃない顔をしていた。

無理をする時の、
あの目。

——間違ってなかった。

そう、
自分に言い聞かせる。

体育祭は、
まだ続いている。

歓声も、
音楽も、
全部、耳に入る。

それでも、
頭の片隅から、
一花の姿が離れなかった。

もし、
あのままにしていたら。

考える前に、
思考を切る。

後悔しない方を、
選んだ。

ただ、
それだけだ。