名前のない香水

桐谷が、立っていた。

いつもより少し近くて、
眉が、わずかに寄っている。

「……顔、赤い」
「無理してない?」

その一言で、
一花の胸の奥で、何かがきしんだ。

「平気だよ」
「これくらい」

笑おうとした。
本当に、そのつもりだった。

「休もう」

桐谷は、一花の言葉を待たなかった。

命令でも、強い口調でもない。
ただ、当然みたいに。

「……まだ、できる」

自分でも驚くほど、小さな声だった。

桐谷は一瞬黙ってから、
低く息を吐く。

「できるかどうか、じゃなくて」

続きを言わなくても、
その目が、全部を語っていた。

——見抜かれた。

優しさだと、分かっている。
それでも。

「……私、普通に参加したい。」

桐谷は、少し間を置いて、静かに言った。

「普通でいられるように、休むんだと思う」

静かな、でも拒絶を許さない声だった。

桐谷くんの手が、
一花の熱を帯びた手首を包む。

そっと。
でも、離さない強さで。

その手のひらの冷たさが、
今の自分がどれだけ熱を持っているのかを
はっきりと教えてくる。

一花は、言葉を失った。