名前のない香水

昼休み。

一花と夢は、
校舎裏のベンチに並んで座っていた。

「そういえばさ」

夢がストローを噛みながら、
何気ないふりで言う。

「花火大会のあと、
桐谷くんと、どうだったの?」

一花は、
少しだけ驚いて、
それから小さく息を吐いた。

「……どうも、なにも」

夢は一瞬、
「え?」という顔をする。

「だってさ」
「あの日、私たち別れたじゃん」

夢には、
大学生の彼氏がいる。

人混みの中で、
自然に手を引かれて、
「先に行くね」って言われて。

「気、使ったんだからね」
「一花と桐谷くん、二人に」

冗談めかして言うけれど、
その目は、ちゃんと一花を見ている。

「で?」
「そのまま帰ったの?」

一花は、
花火の音を思い出す。

最後の一発が消えたあと。
立ちくらみ。
肩に触れた手。

送る、と言われた声。

「……送ってもらった」

それだけを、
静かに言った。

夢は、
少しだけ目を丸くする。

「それだけ?」

「うん」

連絡先を交換したわけでもない。
特別な約束もない。

「夏休み中、聞けなかったからさ」

夢は、
そう言って笑った。

「なんか、責任感じてて」

一花は、
思わず苦笑する。

「夢のせいじゃないよ」

でも。

あの夜がなかったら、
今の自分も、
きっといなかった。

桐谷は、
教室の向こうで、
机に向かっている。

一花は、
視線を落としながら、
胸の奥の小さな鼓動に気づく。

何も起きていない。

それでも、
確かに何かは残っている。

二学期は、
そういう気持ちを連れて、
進んでいくらしい。