名前のない香水

家の前で、足が止まる。

門灯の明かりが、
二人の影を、地面に落とした。

「……ここだから」

一花が言うと、
桐谷は小さく頷く。

「送ってくれて、ありがとう」

声は、いつもと同じ。
特別じゃない。
でも、今日はそれでよかった。

「うん」

桐谷も、
それ以上は言わない。

ほんの一瞬、
夜風が、二人の間を通り抜ける。

近くにあった体温が、
ゆっくり、元の場所へ戻っていく。

「……おやすみ」

「おやすみ」

それだけ。

振り返らずに、
一花は玄関へ向かう。

扉を閉める直前、
背中に残る気配だけが、
今日が確かにあったことを教えてくれた。

桐谷は、
門灯の下で一度だけ立ち止まり、
それから、静かに歩き出す。

夜は、もう深い。

それでも、
二人の中に残った温度は、
すぐには冷えなかった。