名前のない香水

最後の花火が消えて、
拍手とざわめきが、
ゆっくりと夜に溶けていく。

一花は、
少し遅れて立ち上がった。

その瞬間。

視界が、
ふっと白くなる。

地面が遠ざかって、
身体の重さが、分からなくなる。

「……っ」

声になる前に、
腕が、支えられた。

「一ノ瀬さん?」

桐谷の声が、
思ったより近い。

肩に触れた手は、
さっきよりも強くて、
迷いがなかった

「大丈夫?」
「……うん、ちょっと、立ちくらみ」

そう答えながらも、
自分の声が、
少し遠く聞こえた。

桐谷は、
周囲を一瞬だけ確認してから、
低い声で言う。

「今日は、もう歩かない方がいい」
「送る」

疑問形じゃなかった。

一花は、
反射的に首を振りかけて、
でも、止めた。

「……ありがとう」

その一言で、
十分だった。

桐谷は、
歩幅を合わせる。

人の流れから、
静かな道へ。

夜風が、
少しだけ冷たい。

一花は、
自分の足で歩いているのに、
どこか、守られている感覚があった。

花火は終わった。

でも、
今日という夜は、
まだ終わっていない。