名前のない香水

花火は、いよいよ最後に近づいていた。

間隔が短くなり、
夜空に、惜しみなく光が放たれる。

一花は、
一度も視線を逸らさない。

まるで、
初めて花火というものを知ったみたいに。

光が上がるたび、
ほんの少し顎を上げて、
そのたびに、目がほどける。

「……」

桐谷は、
その横顔から目を離せずにいた。

どうしてだろう、と考える。

一ノ瀬一花は、
特別派手なわけでもない。
人目を引く振る舞いをするわけでもない。

それなのに。

花火が上がるたび、
彼女の存在だけが、
不思議なほど輪郭を持つ。

たぶん——

“見る”という行為を、
こんなにも誠実にしているからだ。

当たり前みたいに流れる時間を、
ちゃんと受け取ろうとしている。

音も、光も、
今ここにあることも。

桐谷は、ふと気づく。

彼女は、
花火を消費していない。

一瞬を、
丁寧に迎えている。

だから、きれいだと思った。

そう結論づけて、
自分で少し驚いた。

最後の花火が、
夜を埋め尽くす。

一花は、
息を吸って、
ゆっくり吐いた。

最後まで見られた。

その事実だけで、
胸の奥が、静かに満ちていく。